君が忘れてから僕は征きたい
甘い時間は終わり、おはぎでお腹が満たされた隊員たちはそれぞれ自分の持ち場へと戻っていた。立花は食べ終わった後、部屋に残っていた。空になった重箱を重ね、蓋を閉めて、風呂敷で包んでいた。風呂敷をよく見てみると、鳥の刺繍が施されていた。木に緑色の鳥が止まっている様子が丁寧に糸で描かれていた。立花は刺繍のあまりの綺麗さに人差し指で糸をなぞっていた。
«職人さんが施したものだろうか…»
刺繍の鳥は1色の緑ではなく、様々な濃淡の緑の糸で描かれている。立花は糸を段々に指でなぞっていると、鳥の足元に小さくぼこっと、なっているのを感じた。指を上げて見てみると、小さな緑色の鳥がもう1匹施されていた。
«小鳥だろうか…»
小鳥だと思われるもう1匹も、とても小さいけれど様々な濃淡の緑で刺繍されていた。風呂敷で包むことを忘れ、糸で出来た絵画の世界に没頭する立場。その様子に白井は気づいた。
「綺麗だろう?」
白井に声を掛けられ、立場は糸で出来た絵画の世界から思わず、はっと、帰ってきた。
「亡くなった妻が刺繍したんだ。」
立場は目を丸くした。綺麗に刺繍が施されていたため、針子に依頼した物だとばかり思っていた。小さな鳥も丁寧に刺繍されている事から白井の亡き妻の手先の器用さが目に見て、分かった。驚いている立花に構わず、白井は言葉を続ける。
「娘がまだお腹の中に居た時に毎日少しずつ縫っていて、産まれてくる日を待っていたんだ。」
大きな鳥と小さな鳥の正体。それは親子。産まれてくる子供を待ち望んで縫われたもの。丁寧にひと針ひと針の想いが描かれた風呂敷だった。
「奥様の刺繍、とても綺麗です。想いを糸に乗せて、失われぬように刻む。風呂敷にも、心にも。」
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