君が忘れてから僕は征きたい
「ていう台詞があって、私、とても気に入ったんです!立花さんも読みたくなりましたか?是非お貸ししますよ!」

紀子は本のことになると、話が止まらない人だった。本について話す紀子は子供の様に無邪気で、少し鼻の下を伸ばして、自慢気に話す。周りからお淑やかな女性と言われているが、こんな一面があることを知っているのは立花だけで、立花の特権だった。紀子は意外にというか、結構子供らしい所がある。
「…ん!」
「なさん!」
「立花さん!」
「え?!あ、はい!」
「立花さん、今、私の話聞かないで、違う事考えてたんでしょ?!いつも、そうなんだから!立花さんも本読んだ方がいいですよ!」
「いや、僕、本を読むのは苦手で…、紀子さんは本当に本について話す時は無邪気で…」
続きを言おうとした時、素早く紀子は言った。
「あ!また、子供ぽいて言うつもりなんですね!」
「可愛い…」
「え?」
「無邪気で可愛いと言うつもりだったんですが」
少し頬を膨らませていた紀子の顔が、赤く染まったのが分かった。周りの人から美しいと言われても、可愛いらしい一面をあまり見せないため、免疫がついていなかったのだ。

「か、からかわないで、ください…」
やっと口を開いたかと思うと、恥ずかしくて声が出ないのか、精一杯振り絞った声で震えていた。
あまりの愛おしさに立花は声を出して、笑ってしまった。空間が一気に春を感じさせた。暖かい空間、幸せな空間。紀子もいつの間にか、微笑んでいた。
4月になり、少し暖かくなってきて、野原に咲く花々には蝶が集まり始めて来た頃だった。雲1つ無い青空に2人の笑顔を映し出した。
幸せで愛おしい時間。

「そろそろ、基地へ戻ります。」
「えぇ、お気をつけて。また、明日お会い出来るの楽しみにしてます。」
「はい、紀子さん、また明日」

また明日、なんて保証はない。
いつだって、敵軍の飛行機が来る可能性がある。昨日だって、隣町で空襲があり、焼け野原になったと、基地に報告が来た。隣町は戦争に使う武器や飛行機を作ったり、組み立てる軍需工場が多くあったため、狙われたのだろう。
< 3 / 12 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop