君が忘れてから僕は征きたい
立花は気分転換に紀子の所へ行く事にした。

4月に少し暖かくなってきたと思っていたが、今日は少し気温が低く、雲が空を隙間なく埋めるように出ていた。そのためか、お昼過ぎだったにも関わらず、辺りは暗かった。

立花が基地の門を通りかかった時に、門の外に赤色のもんぺ姿の1人の女性が立っていたのに気づいた。その女性は基地の中を真っ直ぐに見つめていた。立花は女性が基地に用事があるのかと思い、声を掛けた。

「基地に何か用事がおありですか?」
女性は少し声を掛けられた事に驚いていたが、頬を少し赤く染めながら、言った。
「こちらの基地に木原少佐は今、おりますでしょうか?」
「木原少佐なら居ますよ。何か言伝がおありでしたら、お伝えしますよ」
「あ、いえ、渡したい物があるのですが、自分で渡したいので、待っています。」
立花は女性が手に御守り様なものを大事そうに握りしめていたのに、気づいた。
戦時中は兵士の恋人や兵士に気持ちを寄せている女性がご武運を祈って、手作りの御守りを渡すのが主流だった。この女性も木原のために拵えたのだろう。
「そうですか。では、失礼致します。」
「はい、こちらこそ、お気遣いありがとうございました。」
女性は立花にお辞儀をして、また基地の中を見つめながら、その場に立ち直した。

勤務中は友人や恋人、家族が来ても、呼ぶ事は禁止されていた。立花は呼んであげる事が出来ないと申し訳ない気持ちで、歩き始めた。
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