君が忘れてから僕は征きたい
頭に引っかかったが、足は止めなかった。

«軍人であるが、戦争が正しいのか、最近分からない。戦争に勝てば、富や利益がもたらされる。領土は広がり、発言する際の力を得る。しかし、それは命と引き換えにしてまでも、手に入れるものなのだろうか。もし、あそこで足を止めていたら、正しくないと思っていると、自分の中にある矛盾が、自分で自分自身に突きつけられそうで怖かった。»

立花の頭の中にある矛盾は黒く底が見えない所に蜘蛛の細い糸が無数にも、こんがらがっているように、解くのが困難だった。地面をじっと見つめながら、歩を無意識に早めていた。

その時、黒く、底無しの場所に一筋の光がさした。
「立花さん!」
花の様な柔らかい雰囲気に包まれ、満月の様に明るい笑顔。青いもんぺに無地の白いシャツ姿の紀子が走ってきた。少し長い距離を走ったのか、息切れをしていた。紀子は息を整えながら、立花の横に並んで歩き始めた。

「紀子さん!今からお会いしに行こうかと向かっている途中だったんです。道でお会いするとは奇遇ですね。」

「商店街に入っていく立花さんを見つけました。もしかしたら、私の家にいらっしゃるのかなと思って、お名前をお呼びしようとしたんです。だけど、立花さんたら、地面をじーと瞬きもしないで見ながら、歩いてらしたから、これは呼んでも、声は届かないと思い、走って来ました。」

「すみません、僕は周りがまったく見えなくなったり、聞こえなくなってしまう時があるので、今回の紀子さんのその判断は正解です。」

立花は腕を使って、大きな丸を作りながら、目を大きくして言い、笑いを作った。
紀子はそれを見て、口元を手で覆って、笑った。

紀子は少し間を開けてから、再び口を開いた。

「考え事ですか?」

立花は紀子に見透かされていた事に驚いてしまった。紀子が人の感情を汲み取るのが上手な事を知っていたので、軍人として自分の中にある矛盾を知られたくないと、隠そうとした。

「いいえ、考え事はありません。紀子さんはお出かけされていたんですか?」

必死に矛盾を隠そうと作った笑顔だったので、上手く笑えていたか分からなかった。

「工場から帰ってきたんです。最近は部品を組み立てる回数が増えてきて、時間が少しだけですけど、勤務時間が伸びてるんですよ。」

それを聞いた立花は日本の戦力が圧されてるから軍需工場の依頼や軍需工場自体を増やしてると言えなかった。ラジオや新聞では日本が有利と報道され続けているが、軍人である立花には嘘であると知っていた。敵国の発展した技術による攻撃は日本軍に打撃を与えているのが事実だった。しかし、国民は報道を信じ、食料の制限や労働などで支えてくれている。紀子もその1人で、今更、真実など言えなかった。


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