君が忘れてから僕は征きたい
立花は再び、戦争についての意義を考えてしまっていた。無口になり、浮かない顔でじっと地面を瞬きもせずに見つめていた。そんな立花の様子を紀子はすぐに気づいた。
«きっと何か考えてしまう事があるのね。その癖は出会った時もそうでしたね。隠そうとしても、皮肉なことに私には分かってしまうんです、立花さんのことなら。»
立花と紀子が初めて会ったのは1941年12月。
太平洋戦争が始まって間もない頃だった。寒さで空気が澄んでいて、雪が静かに降っていた。
指の第1関節位まで積もっていた。子供たちが道の脇で雪の上を歩いたり、走ったり、跳ねたりして、”サクッサクッ"とした音を楽しんでいた。
シンシンと降り続く雪の中に子供たちの笑顔と声が響いていた。立花は基地に向かって歩いていた。まだ少尉だった時。国防色の軍装の上に同じ色の将校マントを羽織、星が1つ付いた軍帽を被っていた。寒さのあまり、手は赤くなっていた。立花は長袴に入れてあった手袋を取り出し、手にはめた。すると、誰かに肩を優しく2回叩かれた。振り返ると、桃色の着物を着た女性が立っていた。着物には小さな花々が描かれていて、袖口からはスラッとした細長い指が伸びていた。丁寧に手入れをしているのか、ささくれ1つ無い綺麗な指だった。女性は透き通るような色白い顔で、寒さで頬を赤く染めていた。笑顔で白い息を吐きながら、口を開いた。
「兵隊のお兄さん、落としましたよ。」
女性は掌を開いてみせた。掌の上には1銭があった。立花は手袋を長袴から出したときに落ちたのだと気づいた。道には雪が積もっていて、音がしなかったから、まったく気づかなかったのだ。立花は女性の掌の上から1銭を取った。
「ありがとうございます、拾って頂き。まったく、気づいていませんでした。」
お礼をしながら、一礼をした。
「いえいえ、大したことではありませので。」
女性は笑顔で微笑んだ。
立花は再び一礼をし、歩を再開しようとした時、女性はもう一度声をかけた。
「お兄さん、今から基地へ行ったりしますか?」
「えぇ、行きますよ。」
「これを大将の白井大吉に渡していただく事は可能でしょうか。」
女性はそう言いながら、手に持っていた風呂敷を見せた。風呂敷は何か四角い物を包んでいる様子だった。立花の少し戸惑っている様子に気づいた女性は言葉を付け足した。
「私、白井大吉の娘でして、父にお弁当を作ったんです。それを渡して頂きたく思います。」
そう、この女性が紀子だ。
基地には所属している物以外は立ち入ることは出来なかったため、物を渡したい時や言伝がある場合は通り掛かった者や門で見張りをしている者に頼む必要があった。
立花はいきなり、自分の上官の名前を出されて、戸惑っていたが、上官と女性の関係を知り、口を開いた。
「白井大将の娘さんでしたか。白井大将は私の上官であります。確かにお弁当を渡させて頂きますね。」
立花はお弁当が包まれている風呂敷を受け取った。
«きっと何か考えてしまう事があるのね。その癖は出会った時もそうでしたね。隠そうとしても、皮肉なことに私には分かってしまうんです、立花さんのことなら。»
立花と紀子が初めて会ったのは1941年12月。
太平洋戦争が始まって間もない頃だった。寒さで空気が澄んでいて、雪が静かに降っていた。
指の第1関節位まで積もっていた。子供たちが道の脇で雪の上を歩いたり、走ったり、跳ねたりして、”サクッサクッ"とした音を楽しんでいた。
シンシンと降り続く雪の中に子供たちの笑顔と声が響いていた。立花は基地に向かって歩いていた。まだ少尉だった時。国防色の軍装の上に同じ色の将校マントを羽織、星が1つ付いた軍帽を被っていた。寒さのあまり、手は赤くなっていた。立花は長袴に入れてあった手袋を取り出し、手にはめた。すると、誰かに肩を優しく2回叩かれた。振り返ると、桃色の着物を着た女性が立っていた。着物には小さな花々が描かれていて、袖口からはスラッとした細長い指が伸びていた。丁寧に手入れをしているのか、ささくれ1つ無い綺麗な指だった。女性は透き通るような色白い顔で、寒さで頬を赤く染めていた。笑顔で白い息を吐きながら、口を開いた。
「兵隊のお兄さん、落としましたよ。」
女性は掌を開いてみせた。掌の上には1銭があった。立花は手袋を長袴から出したときに落ちたのだと気づいた。道には雪が積もっていて、音がしなかったから、まったく気づかなかったのだ。立花は女性の掌の上から1銭を取った。
「ありがとうございます、拾って頂き。まったく、気づいていませんでした。」
お礼をしながら、一礼をした。
「いえいえ、大したことではありませので。」
女性は笑顔で微笑んだ。
立花は再び一礼をし、歩を再開しようとした時、女性はもう一度声をかけた。
「お兄さん、今から基地へ行ったりしますか?」
「えぇ、行きますよ。」
「これを大将の白井大吉に渡していただく事は可能でしょうか。」
女性はそう言いながら、手に持っていた風呂敷を見せた。風呂敷は何か四角い物を包んでいる様子だった。立花の少し戸惑っている様子に気づいた女性は言葉を付け足した。
「私、白井大吉の娘でして、父にお弁当を作ったんです。それを渡して頂きたく思います。」
そう、この女性が紀子だ。
基地には所属している物以外は立ち入ることは出来なかったため、物を渡したい時や言伝がある場合は通り掛かった者や門で見張りをしている者に頼む必要があった。
立花はいきなり、自分の上官の名前を出されて、戸惑っていたが、上官と女性の関係を知り、口を開いた。
「白井大将の娘さんでしたか。白井大将は私の上官であります。確かにお弁当を渡させて頂きますね。」
立花はお弁当が包まれている風呂敷を受け取った。