君が忘れてから僕は征きたい

立花はしっかりと、受け取ったお弁当が入った風呂敷を手に持ち直した。

「お兄さん、ありがとうございます。お勤め、頑張ってください。」

紀子は白い息を交えながら、礼を言った。
2人は互いにお辞儀して、それぞれ反対方向へと歩いていった。

立花は基地へ向かっている間、紀子の笑顔が忘れられなかった。花が咲くような雰囲気で満月のような明るい笑顔は、雪の寒さで冷たくなった体や心を温かくしてくれた感じがした。白井に娘が居たという事はいつしかの飲みの会で、聞いていたがこうして会うとは思ってもいなかった。
立花と紀子はこれから、関わりを持つという事は予想もしなかっただろう。

立花は基地についた。門の見張りをしている者に敬礼をして、基地の中に入った。門から本部の建物までの間は開けた平地だった。いつもは手入れがされていて、草1つ生えない薄い黄土色の平地も今日は白く染まっていた。草の手入れは訓練の一環として、兵が交替で行っている。草むしりなんて、訓練ではないと投げ出す兵もいた。大体そういう兵は位を上げて貰えず、真面目にどんな事にも取り組む兵が昇格している。一例として、立花がそうである。白井大将が自分の部下たちによく言っている言葉がある。"上に立つ者は例となり、見られる。だからこそ、どんな些細なことでも、真剣に取り組む。そうすれば、自然と自分について来てくれる者たちが出来る。そして、その者たちは国を第1線で守る重要な要となる事が出来る。そう、まさしく君たちのようにね。”

この白井の口癖のような言葉のおかげか、部下たちは皆、忠実で優しく成長していく者が多かった。若くして働きや思考の鋭さが認められ、人を率いる立場に昇格していく者。まっすぐな忠実さで、戦場の第一線へ自ら赴き、立派に戦い、死に行く者。形はどうあれ、白井の部下たちは軍人の鏡になった。

ｺﾂｺﾂｺﾂ…
所内の1番奥の廊下に足音が響く。廊下に規則的にある窓はテープで大きなバッテンを描かれていた。基地だけではなく、ガラス窓がある所はテープでバッテンが描かれている。敵国の攻撃により、ガラスが飛び散るのを防ぐためである。透き通る窓は不格好になっていた。
立花はいくつもの不格好なガラス窓を横目に1番、奥にある部屋の前で足を止めた。立花は手袋を外して、外袴のポッケに閉まった。手袋を外し、手が冷気を感じ、鳥肌がたつ。
ｺﾝｺﾝｺﾝ…
『どうぞ』
扉の向こうから、低く、重みがあるが何処と無く、優しさに包まれた声が返事をした。