花咲くように 微笑んで
 「宮瀬さん。聞いてもいいですか?どうして救急医になろうと?」
 「え?どうしたの、急に」
 「前から聞いてみたかったんです。救急の現場って厳しいですよね?きっと1分1秒が勝負、ほんの少しのことが生死を分ける、そんな世界じゃないですか?」
 「ああ、うん」
 「そんな現場で毎日神経をすり減らして、宮瀬さん自身は大丈夫ですか?重荷を背負い過ぎていませんか?宮瀬さんこそ、プライベートを犠牲にしていると私は思います」

 真っ直ぐに自分を見つめて静かに語りかける菜乃花に、颯真は言葉を失う。

 「俺は別に…。そんなつもりは」
 「では、せっかく買ったお酒を飲みましょう」
 「いや、俺はいいよ」
 「呼び出されるかもしれないから?」
 「まあ、うん」
 「今、みなと医療センターのERにいる夜勤のスタッフは、そんなに信頼出来ない方々なのですか?」
 「まさか!俺なんかよりよっぽど腕のいいドクターばかりだよ」
 「でしたらその方々にお任せして、宮瀬さんはちゃんとプライベートを楽しみましょう。心も身体もしっかり休んで、元気満タンにしてから仕事に行きましょう。それも大切な仕事のうちの一つです」
 「いや、俺はいつもちゃんと休んでるよ?」
 「気づいてないのですか?ご自分が知らず知らずのうちに疲弊していることに。色々なことを抱え込んで、心が疲れていることに」

 菜乃花は、あの日菜の花畑で肩を震わせて辛い心情を吐露していた颯真を思い出す。

 あの時の颯真は限界ギリギリだった。
 いつまたあんなふうに辛い状況に追い込まれるかもしれない。

 「宮瀬さん。私はあなたのことを素晴らしいドクターだと思っています。人の心に寄り添うことが出来る優しい人です。あなたには、これからもたくさんの患者さんを救って欲しい、そう願っています。だからどうか、宮瀬さん自身が元気でいてください」

 菜乃花の言葉にじっと耳を傾けていた颯真は、やがてゆっくり頷いた。

 「ああ、分かった」

 菜乃花は頬を緩める。

 「では、改めて乾杯しましょ!」
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