花咲くように 微笑んで
 「もしもし、館長?鈴原です」

 動き出した救急車の中で、救急隊員に断ってから菜乃花は館長に電話をかけた。

 「これからみなと医療センターに向かいます。館長、加納さんの登録データを呼び出してもらえますか?フルネームは加納 明夫さん。確か漢字は、明るいに夫だったかと」
 「分かった。ちょっと待って」

 カタカタとパソコンのキーボードを打つ音を聞きながら、菜乃花はスマートフォンを肩と耳で挟んでエプロンのポケットからメモ帳を取り出す。

 (えっと、倒れたのが11時23分で…)

 記憶をたぐりながらサラサラとメモにペンを走らせていると、館長の声が聞こえてきた。

 「あったよ!加納 明夫さんのデータ」
 「電話番号は自宅の固定電話ですか?」
 「ああ、そうだ」
 「でしたら、奥さんが出られると思います。みなと医療センターに来てくださいと伝えてください」
 「分かった。すぐかけるよ」
 「それから館長、加納さんの生年月日は?」
 「えっと、1941年6月3日だ」

 菜乃花がメモに書き留めた時、救急車が止まった。

 「館長、ありがとうございました。またかけます」

 そう言って電話を切る。
 サイレンの音も止み、後ろのドアが外から開けられた。

 「つき添いの方、先に降りてください」
 「はい」

 菜乃花は急いでシートベルトを外して降りる。
 そこには、スクラブ姿のドクターやナースが6人程待ち構えていた。

 邪魔にならないよう、菜乃花はさっと脇に避ける。

 おじいさんを乗せたストレッチャーは、すぐさま救急車から降ろされた。

 「つき添いの方はこちらへ。お話を聞かせてください」
 「はい」

 ナースに呼ばれて近づいた菜乃花は、ひと際背の高いドクターがいるのに気づいて思わず顔を見上げた。

 と、次の瞬間。

 「…え?」

 互いに顔を見合わせたまま動きを止める。

 (この人、まさか…)

 その時、おじいさんのストレッチャーを運び込んでいたドクターが振り返って声をかけた。

 「宮瀬、行くぞ」
 「あ、はい」

 菜乃花は、やっぱり!と目を見開く。
 踵を返してドクター達のもとへと駆け寄る颯真を、菜乃花は、あの!と呼び止めた。

 振り返った颯真に、菜乃花は破いたメモを手渡す。

 「これを。よろしくお願いします」

 頭を下げると、すぐにナースの方へと小走りで去った。
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