花咲くように 微笑んで
 「菜乃花ちゃん!」
 「加納さん」

 病院の廊下で待っていた菜乃花に、おばあさんが取り乱した様子で近づき、すがりつく。

 「菜乃花ちゃん、おじいさんは?大丈夫なの?」
 「今、お医者様に診てもらってます。おばあさん、一人で来たの?」
 「そう。タクシーに飛び乗って。でも娘に電話したら、これから向かうって言ってたから、もうじき着くと思うわ」
 「そうなのね。それなら良かった」

 おばあさんをベンチに座らせると、菜乃花は自動販売機で温かいお茶を買っておばあさんに渡す。

 「少しでもいいから、これを飲んで。ね?」

 優しく微笑むと、おばあさんは頷いて口をつけた。

 「はあ、あったかい」

 菜乃花はおばあさんに寄り添って、背中をさする。

 おばあさんの様子がようやく落ち着いてきたと思った時、「ご家族の方、中へどうぞ。先生から説明があります」とナースが現れた。

 途端におばあさんは緊張で身体をこわばらせる。

 「おばあさん、私も一緒に入りましょうか?」
 「うん、お願い、菜乃花ちゃん」

 おばあさんの身体を支えながら部屋に入ると、パソコンに向き合っていたドクターが振り返った。

 「医師の塚本です。加納さんは図書館で倒れたということでしたが、応急手当がとても適切だったから大事には至りませんでしたよ。これから少し治療と入院が必要になりますが、充分回復が見込めます。恐らく後遺症などもあまり残らないでしょう」
 「そ、そうですか。ありがとうございます。ありがとう…」

 おばあさんは涙で言葉を詰まらせる。

 更に詳しく話を聞き、ナースから入院の説明を受けて部屋を出ると、お母さん!と声がして40代半ばくらいの女性が駆け寄って来た。

 「ああ、恵美!おじいさんが、おじいさんが倒れたの」

 おばあさんは娘に抱きつく。

 「落ち着いて、お母さん。先生はなんて?」
 「えっとね、心筋梗塞だって。でも応急手当が良かったから、助かったって」
 「そうなのね。良かった」
 「うん、本当に良かった」

 おばあさんは、自分に言い聞かせるように何度も頷く。

 「あの、初めまして。中央図書館で図書館司書をしている鈴原と申します」

 二人の様子を見ながら菜乃花は女性に声をかけた。

 「あ!加納の娘の井田 恵美と言います。この度は父が大変お世話になりました」
 「いえ。大したことは何も出来ず…。加納さんの回復を心よりお祈りいたします」
 「ありがとうございます」
 「それと、事務手続きの為にご家族の方に入院窓口にいらして欲しいと言われていまして…」
 「そうですか、分かりました。ここからは母と私がやりますので、鈴原さんはどうぞお戻りください。本当にありがとうございました」
 「菜乃花ちゃん、ありがとね」

 二人に頭を下げられ、菜乃花は首を振る。

 「いいえ。あの、加納さん、今日お孫さんの為に本を借りにいらしたんです。5年生のお孫さんが読みたがっていた本を」
 「え?うちの息子の?」
 「はい。一生懸命探していらっしゃいました。また借りに来られるのをお待ちしております」

 そう言って菜乃花は深々とお辞儀をしてから病院をあとにした。
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