花咲くように 微笑んで
 菜乃花にとって、春樹は初恋の人だった。

 中学、高校と女子校だった菜乃花は、大学に入ってから共学の雰囲気になじめず、ずっと気後れしたままだった。

 同年代の男の子と、どう接していいのか分からない。

 周りの女の子達は、ごく普通の流れで男の子とつき合い始める。

 たまたま講義で隣の席に座ったから。
 ノートを貸してと頼まれたから。
 学食で同じテーブルに相席したから。

 きっかけはいくらでもあると皆は言う。

 サークルに入っている子は、彼とのデートの合間にも大勢の仲間と楽しく遊んでいた。

 菜乃花だけは皆から取り残されたように、大学生活をそこまで楽しいとは思えなかった。

 (まあ、いいか。大学は勉強する為に行ってる訳だし)

 そんなふうに開き直って毎日を過ごし、3年生になると希望したゼミに入る。
 そこで教授の手伝いをしながらいつも講義に同行していたのが、大学院生の春樹だった。

 専攻していた心理学は、実験やテストなどで準備するものが多い。
 教授はその準備を、春樹と菜乃花に頼んだ。

 春樹はともかく菜乃花にも頼んだのは、おそらく菜乃花がいつも一番前の席で熱心に講義を聞いていたからだろう。

 毎日二人は講義の前に教授室に行って準備をし、講義が終わったあとは片付けをする。
 そしてそのままお茶を飲みながら雑談することも多かった。

 「菜乃花、いい加減誰かとつき合ってみたら?せっかくの大学生活、もったいないぞ」
 「いえ、私はそういうのは興味なくて」
 「そう言っていっつも俺や教授とばかりお茶飲んでたら、一気に老け込むぞ?」
 「老け込むってそんな…。春樹先輩、私と3つしか違わないじゃないですか」
 「大学生の3つって大きいからな。それにお前は勉強ばかりしてる。もっと大学生活楽しまなきゃ」

 菜乃花にとって、そんなふうに自然に会話が出来る異性は春樹が初めてだったのだ。
 何気ない会話の中で、春樹がふと笑いかけてくれる。
 それだけで菜乃花は嬉しくて頬が赤くなった。

 つき合いたいとか、告白しようとか、そんなことは思わなかった。
 ただ毎日会って話をするだけで良かったのだ。
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