花咲くように 微笑んで
 菜乃花に気づかれないよう、こっそりエレベーターに向かいながら、颯真は自己嫌悪に陥る。
 たとえ用がなくても、今日もありがとうと声くらいかけるべきだろう。

 それに颯真は今日、ボランティアのお礼として菜乃花を食事にでも誘おうと思っていた。

 師長から、菜乃花が何度も来てくれているのは聞いていたが、なかなか時間が合わず、おはなし会を見に来られたのは今日で2度目だった。

 子ども達の楽しそうな様子を微笑ましく見ていたのだが、途中からどうにも違う方に気を取られてしまっていた。

 (彼女、三浦先生とあんなに仲良さそうに…)

 とてもお似合いの二人だと思った。
 一生懸命に紙芝居を読む三浦を見守る菜乃花は、屈託のない笑顔を浮かべ、穏やかで優しい雰囲気だった。

 三浦は3つ年上の独身で、誰もが認める腕の良い小児科医。
 後輩の自分の質問にも丁寧に答えてくれるし、向こうからも気さくに話しかけてくれる。

 子ども達や保護者、そしてナースからの信頼も厚く、さわやかな笑顔で職員の女の子達を虜にしていた。

 (彼女も、三浦先生みたいな人が好きなのかな。恋人にはあんなふうに微笑むのだろうか)

 そう思った時、ふいに以前から気になっていたことを思い出す。

 ふとした時に見せる、菜乃花の哀しげな表情。

 (いや、あの表情こそ、彼女が恋しい人を想っている時の顔…)

 あれはきっと、そう。
 春樹を想っていたに違いない。

 そう気づいた途端、颯真は急に心に影が射し込んだ気がした。
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