花咲くように 微笑んで
第七章 挫折と葛藤
ある日の22時。
みなと医療センター内、ERのホットラインが鳴る。
急患の受け入れ要請だった。
「あと5分で着くそうだ。行くぞ」
「はい」
颯真達、夜勤のドクターやナースの皆で救急車の到着を待つ。
運ばれてくるのは、車にはねられた40代くらいの男性と、高校生らしき女の子。
救急救命士の話では、二人とも心肺停止、外傷や出血も酷く、状態はかなり厳しいとのことだった。
気を引き締めて待っていた颯真は、やがて到着した救急車から降ろされる患者を見て目を見開く。
女の子は想像以上に外傷があり出血多量、内蔵もかなり損傷しているのがうかがえた。
男性は心肺停止とはいえ、外傷はそれ程酷くはない。
トリアージの観点から、優先すべきは男性の方だと誰もが思った。
「宮瀬、そっちのストレッチャーでStraddling CPR頼む」
「はい」
指導医の塚本に返事をした颯真は、左手をついてストレッチャーに飛び乗ると、救急隊員に「代わります」と告げ、男性にまたがって胸骨圧迫を始める。
ストレッチャーはそのまま院内に運び込まれた。
すぐに二人の処置が始まる。
「人定は取れてるの?」
塚本の問いに「まだです」とナースが答える。
(身元はまだ不明か。親子じゃないのか?)
颯真は処置をしながら、二人の顔を見比べる。
年齢からすると父親と娘では?と思ったが、まだ断定は出来ない。
とにかく皆で懸命に処置に当たった。
「よし!戻ったぞ。バイタルも安定」
何度目かの電気ショックで、男性の心臓が動き出した。
出血箇所も特定出来て、縫合も完了。
あとは他のドクターに任せて、颯真は女の子の処置に加わった。
だが、もはやどこからどう手をつければいいのか分からない程、容体は悪い。
と、一人のナースが駆け寄って来た。
「女の子の父親と連絡取れました。長距離ドライバーで、今岡山にいるとのことです。父子家庭で家族は父親だけです」
「なに?!」
(この男性と親子じゃなかったのか。今、岡山…。ここに到着するのはいつになるのか)
そう思っていると、救急救命士が新たな情報を伝えた。
「目撃者の証言取れました。道端でこの男性がしつこく女の子に言い寄って抱きついていたそうです。嫌がって逃げ出した女の子が、そのまま車道にはみ出してしまったと…」
「なんだって?!」
塚本が、信じられないとばかりに声を荒らげる。
「くそっ!せめて父親が到着するまでは…」
その言葉に、その場にいる皆は悟った。
この女の子は、もう…
大量に輸血し、心臓にショックを与え、マッサージを続ける。
だが、女の子は全く反応しない。
やがてドクター達は、静かに手を下ろす。
塚本が腕時計に目をやった時だった。
颯真が皆をかき分けるように近づくと、女の子の胸骨を圧迫し始める。
「宮瀬、もう…」
塚本が声をかけるが、颯真は必死で力を加え続けた。
「宮瀬、もう止めろ。宮瀬!」
グイッと女の子から引き離され、颯真は荒い息を繰り返しながら両手の拳を握りしめた。
怒り、悲しみ、悔しさ、虚しさ。
言葉には出来ない程の感情の渦が押し寄せ、胸が張り裂けそうになる。
塚本がゆっくりと腕時計に目を落とし、静かに時間を告げた。
「23時55分」
その場にいる全員が、深々と頭を垂れた。
みなと医療センター内、ERのホットラインが鳴る。
急患の受け入れ要請だった。
「あと5分で着くそうだ。行くぞ」
「はい」
颯真達、夜勤のドクターやナースの皆で救急車の到着を待つ。
運ばれてくるのは、車にはねられた40代くらいの男性と、高校生らしき女の子。
救急救命士の話では、二人とも心肺停止、外傷や出血も酷く、状態はかなり厳しいとのことだった。
気を引き締めて待っていた颯真は、やがて到着した救急車から降ろされる患者を見て目を見開く。
女の子は想像以上に外傷があり出血多量、内蔵もかなり損傷しているのがうかがえた。
男性は心肺停止とはいえ、外傷はそれ程酷くはない。
トリアージの観点から、優先すべきは男性の方だと誰もが思った。
「宮瀬、そっちのストレッチャーでStraddling CPR頼む」
「はい」
指導医の塚本に返事をした颯真は、左手をついてストレッチャーに飛び乗ると、救急隊員に「代わります」と告げ、男性にまたがって胸骨圧迫を始める。
ストレッチャーはそのまま院内に運び込まれた。
すぐに二人の処置が始まる。
「人定は取れてるの?」
塚本の問いに「まだです」とナースが答える。
(身元はまだ不明か。親子じゃないのか?)
颯真は処置をしながら、二人の顔を見比べる。
年齢からすると父親と娘では?と思ったが、まだ断定は出来ない。
とにかく皆で懸命に処置に当たった。
「よし!戻ったぞ。バイタルも安定」
何度目かの電気ショックで、男性の心臓が動き出した。
出血箇所も特定出来て、縫合も完了。
あとは他のドクターに任せて、颯真は女の子の処置に加わった。
だが、もはやどこからどう手をつければいいのか分からない程、容体は悪い。
と、一人のナースが駆け寄って来た。
「女の子の父親と連絡取れました。長距離ドライバーで、今岡山にいるとのことです。父子家庭で家族は父親だけです」
「なに?!」
(この男性と親子じゃなかったのか。今、岡山…。ここに到着するのはいつになるのか)
そう思っていると、救急救命士が新たな情報を伝えた。
「目撃者の証言取れました。道端でこの男性がしつこく女の子に言い寄って抱きついていたそうです。嫌がって逃げ出した女の子が、そのまま車道にはみ出してしまったと…」
「なんだって?!」
塚本が、信じられないとばかりに声を荒らげる。
「くそっ!せめて父親が到着するまでは…」
その言葉に、その場にいる皆は悟った。
この女の子は、もう…
大量に輸血し、心臓にショックを与え、マッサージを続ける。
だが、女の子は全く反応しない。
やがてドクター達は、静かに手を下ろす。
塚本が腕時計に目をやった時だった。
颯真が皆をかき分けるように近づくと、女の子の胸骨を圧迫し始める。
「宮瀬、もう…」
塚本が声をかけるが、颯真は必死で力を加え続けた。
「宮瀬、もう止めろ。宮瀬!」
グイッと女の子から引き離され、颯真は荒い息を繰り返しながら両手の拳を握りしめた。
怒り、悲しみ、悔しさ、虚しさ。
言葉には出来ない程の感情の渦が押し寄せ、胸が張り裂けそうになる。
塚本がゆっくりと腕時計に目を落とし、静かに時間を告げた。
「23時55分」
その場にいる全員が、深々と頭を垂れた。