花咲くように 微笑んで
 「なんてのどかなんだろう」

 菜の花畑を見ながら、颯真がぽつりと呟く。

 「まるで別の世界に来た気がする。こんなに穏やかな時間が流れてるなんて」

 颯真の言葉に、菜乃花はお茶を飲む手を止めて視線を落とす。

 何かあったに違いない。
 だが、何があったのか?と聞くのもはばかられた。
 それ程、今日の颯真の様子はいつもと違っていた。

 「おはなし会、いつから聞いていたんですか?」

 菜乃花は、全く違う話を振った。

 「ん?ああ。ちょうど始まるところから」
 「そうでしたか」
 「とても良い雰囲気だったね。お母さんや子ども達、みんなの笑顔が溢れて幸せが広がっていた。見ているだけで癒やされたよ」

 そう言って菜乃花に微笑んだ次の瞬間、颯真はクッと顔を歪めた。
 その目がみるみるうちに涙で潤んでいく。

 「ごめん、俺、つい…」

 うつむいて、必死に涙を堪える。

 肩を震わせながら拳を握りしめて身体を固くする颯真に、菜乃花はそっと両手を伸ばした。

 ふわりと風に包まれるような感覚を覚えた颯真は、思わず顔を上げる。

 菜乃花が優しく自分の身体を抱きしめていた。

 「だいじょうぶ。きっときっと、だいじょうぶ」

 耳元で囁く菜乃花の声に、颯真の心がじわりと温かくなる。

 どういう現象なのだろう?
 どうすればこんなにも心が安らぎ、身体が温かくなり、気持ちが救われるのだろう。

 投薬された訳でも医療行為でもないのに。
 どうして彼女はこんなにも自分を救ってくれるのだろう。

 医師である自分は、あれ程医療行為を尽くしても、あの女の子を救えなかったというのに…。

 颯真は菜乃花の肩を借りて顔を伏せ、しばらくその温もりに癒やされていた。
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