花咲くように 微笑んで
颯真のマンションに着くと、菜乃花はとにかく颯真を寝室へと促した。
あの状態の颯真を一人には出来ず、菜乃花は半ば強引に颯真のマンションまでついて来た。
明日も日勤だという颯真を、まずはゆっくり休ませなくては。
その間に、菜乃花は食事を作ることにした。
ちょうどマンションの向かいに小さなスーパーマーケットがあり、野菜や果物を中心に多めに買って戻ると、キッチンを借りて料理を始める。
煮物やお浸し、和え物、豚汁などを作ると、ラップをして冷蔵庫に入れ、次に野菜とお肉たっぷりのシチューを煮込んだ。
サラダや果物も用意し、いつでも食べられる状態にすると、今度はお風呂を掃除してお湯を沸かす。
数時間経った頃、寝室から颯真が出て来た。
「良く眠れましたか?」
「ああ。横になった瞬間、寝落ちしたって感じ」
「ふふ、良かったです。夕食とお風呂も用意しておきました。あとで食べてくださいね。それと、冷蔵庫に常備菜と豚汁も入れてありますから」
「え、そんなに?何から何まで、本当にありがとう」
「いえ。それでは、私はこれで」
「あ、じゃあ車で送るよ」
颯真がジャケットを羽織ろうとすると、菜乃花は首を振った。
「いえ、一人で帰ります。宮瀬さんにゆっくり休んで欲しいから来たのに、送らせてしまったら元も子もありませんから」
「でも…。じゃあ、せめて少し休憩していって。今、コーヒーを淹れるから」
その申し出にはありがたく頷いて、菜乃花はソファに座った。
「はい、どうぞ。ミルクとお砂糖は?」
「ミルクだけで。ありがとうございます」
二人でソファに並んで座り、ゆっくりとコーヒーを味わう。
ふと菜乃花は、壁に備えつけられた高さのある本棚に目をやった。
ずらりと並ぶ医学書に、さすがはお医者様だなと感心する。
と、見覚えのある背表紙に、菜乃花は思わず身を乗り出した。
「ん?どうかした?」
「いえ、あの。心理学の本があるなって思って」
「ああ、そうか。君は心理学専攻だったんだよね。卒論のテーマは?何を書いたの?」
「主に児童心理学についてです。育った環境や後天的な要素で子どもの性格や成長にどんな影響があるか、例えば、同じ家庭で育ったきょうだいの性格の違いとか。ひいては、性善説と性悪説についても」
「へえ、興味深いな。読ませてもらえない?」
「は?!いやいや、ダメです。絶対ダメ!」
菜乃花は声をうわずらせて必死に首を振る。
「ええー、どうして?じゃあ俺の卒論も見せるから」
「いえいえ結構です!ドクターの卒論なんて、1ミリも理解出来ませんから!」
「そんなことないよ。それに君の論文なら、絶対良いものに決まってる。読んでみたい」
「良いものになんて決まってません!」
「いいや、決まってる。春樹も言ってたじゃないか。君なら絶対いい心理士になれたって」
すると急に菜乃花はうつむいて小声になった。
「でも、私はなれなかったんです。心理士に」
え?と颯真は菜乃花の横顔を見つめる。
「春樹先輩の言う通り、私は大学院に進んで心理士になるつもりでした。でも、逃げ出したんです。ずっと目指していたその道から、尻尾を巻いて逃げたんです」
じっと手元に目を落としたまま話す菜乃花に、颯真は言葉を失う。
(逃げ出した?どうしてそんな言い方を?)
沈黙を破って、菜乃花が思い切ったように話し出した。
あの状態の颯真を一人には出来ず、菜乃花は半ば強引に颯真のマンションまでついて来た。
明日も日勤だという颯真を、まずはゆっくり休ませなくては。
その間に、菜乃花は食事を作ることにした。
ちょうどマンションの向かいに小さなスーパーマーケットがあり、野菜や果物を中心に多めに買って戻ると、キッチンを借りて料理を始める。
煮物やお浸し、和え物、豚汁などを作ると、ラップをして冷蔵庫に入れ、次に野菜とお肉たっぷりのシチューを煮込んだ。
サラダや果物も用意し、いつでも食べられる状態にすると、今度はお風呂を掃除してお湯を沸かす。
数時間経った頃、寝室から颯真が出て来た。
「良く眠れましたか?」
「ああ。横になった瞬間、寝落ちしたって感じ」
「ふふ、良かったです。夕食とお風呂も用意しておきました。あとで食べてくださいね。それと、冷蔵庫に常備菜と豚汁も入れてありますから」
「え、そんなに?何から何まで、本当にありがとう」
「いえ。それでは、私はこれで」
「あ、じゃあ車で送るよ」
颯真がジャケットを羽織ろうとすると、菜乃花は首を振った。
「いえ、一人で帰ります。宮瀬さんにゆっくり休んで欲しいから来たのに、送らせてしまったら元も子もありませんから」
「でも…。じゃあ、せめて少し休憩していって。今、コーヒーを淹れるから」
その申し出にはありがたく頷いて、菜乃花はソファに座った。
「はい、どうぞ。ミルクとお砂糖は?」
「ミルクだけで。ありがとうございます」
二人でソファに並んで座り、ゆっくりとコーヒーを味わう。
ふと菜乃花は、壁に備えつけられた高さのある本棚に目をやった。
ずらりと並ぶ医学書に、さすがはお医者様だなと感心する。
と、見覚えのある背表紙に、菜乃花は思わず身を乗り出した。
「ん?どうかした?」
「いえ、あの。心理学の本があるなって思って」
「ああ、そうか。君は心理学専攻だったんだよね。卒論のテーマは?何を書いたの?」
「主に児童心理学についてです。育った環境や後天的な要素で子どもの性格や成長にどんな影響があるか、例えば、同じ家庭で育ったきょうだいの性格の違いとか。ひいては、性善説と性悪説についても」
「へえ、興味深いな。読ませてもらえない?」
「は?!いやいや、ダメです。絶対ダメ!」
菜乃花は声をうわずらせて必死に首を振る。
「ええー、どうして?じゃあ俺の卒論も見せるから」
「いえいえ結構です!ドクターの卒論なんて、1ミリも理解出来ませんから!」
「そんなことないよ。それに君の論文なら、絶対良いものに決まってる。読んでみたい」
「良いものになんて決まってません!」
「いいや、決まってる。春樹も言ってたじゃないか。君なら絶対いい心理士になれたって」
すると急に菜乃花はうつむいて小声になった。
「でも、私はなれなかったんです。心理士に」
え?と颯真は菜乃花の横顔を見つめる。
「春樹先輩の言う通り、私は大学院に進んで心理士になるつもりでした。でも、逃げ出したんです。ずっと目指していたその道から、尻尾を巻いて逃げたんです」
じっと手元に目を落としたまま話す菜乃花に、颯真は言葉を失う。
(逃げ出した?どうしてそんな言い方を?)
沈黙を破って、菜乃花が思い切ったように話し出した。