花咲くように 微笑んで
 「ただいま」

 18時になり、玄関から三浦の声がして菜乃花は出迎えに行く。

 「お帰りなさい」
 「ただいま、菜乃花ちゃん。ゆっくり出来た?」
 「はい」

 本当は暇すぎて、ゆっくりどころか、がっくりしながら時間を過ごしていたのだが。

 「良かった。今、夕食の用意するから。座ってて」

 三浦はうがいと手洗いを済ませると、早速キッチンに立つ。

 菜乃花が手伝おうと近づくと、ダメ!ソファにいてと追い返された。

 仕方なくクッションを胸に抱えて、ぼんやりと三浦の様子を見ながら座って待つ。

 「出来たよ。ダイニングで食べよう」
 「はい、ありがとうございます。わあ、凄いですね。先生、お料理上手!」

 テーブルには、肉じゃがや味噌汁、鮭の塩焼きが並んでいた。
 更に冷蔵庫から、ひじきの煮物やきんぴらごぼうなどの常備菜も出してくる。

 「菜乃花ちゃんにはしっかり栄養取ってもらわないとね。さ、食べよう」
 「はい、いただきます」

 三浦の作る料理は、どれもこれも控えめな味付けでとても美味しい。

 「先生、いい奥さんになれますね」
 「はは!どうして?いい旦那さんじゃなくて?」
 「あ!そうですね。いい旦那さんです」
 「菜乃花ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいなあ」

 楽しく食事をし、片付けを手伝おうとするとまたもや断られる。

 食後のコーヒーもソファに運んでくれ、お風呂も先に入ってと促された。

 何かあってはいけないからと、バスルームの近くで待機される。

 久しぶりの湯船にゆっくり浸かりたかったが、どうにも三浦の様子が気になって、カラスの行水になってしまう。

 「髪、ちゃんと乾かしてね。洗濯物は洗濯機に入れておいて」
 「はい」

 パウダールームでドライヤーをかけてからリビングに戻ると、三浦は明日の朝食の準備をしていた。

 「先生、私にも何かお手伝いさせてください」
 「何もしなくていいから。その為に菜乃花ちゃんにここにいてもらってるんだし」
 「でも…」
 「それより、ここは病院じゃないから、いい加減先生は変えてくれない?」
 「え?」

 何のことかと首をひねる。

 「うちにいるのに先生って呼ばれると、仕事モードになって気が抜けないんだ」
 「あ!なるほど。では、三浦さん」
 「は?それもなんか…。居心地悪いな」
 「えっと、じゃあ?」
 「信司(しんじ)
 「はい?」
 「俺の名前。信じるに司で信司なんだ」
 「あ、そうなんですね。信司先生」
 「ええ?だから、先生は…」
 「ああ!そうでした。じゃあ、信司さん」
 「うん。菜乃花ちゃん」

 三浦は嬉しそうに笑う。

 「じゃあ、そろそろ休んだ方がいい。菜乃花ちゃんは寝室を使って。何かあったらすぐ起こしてね。俺はリビングにいるから」
 「ええ?!先生はリビングで寝るんですか?」
 「先生じゃないけど?」
 「あっ、信司さん」
 「うん。俺はソファで寝るから」
 「そんな。お仕事で疲れてるのに」
 「慣れてるから平気だよ。あのソファ、案外寝心地いいんだ」
 「でしたら、私がソファで…」
 「ダーメ!ほら、早く支度して」
 「は、はい」

 半ば強引に、菜乃花は寝室へと追いやられた。
< 87 / 140 >

この作品をシェア

pagetop