二人の永遠がこの世界になくても
「ちょっと夜月!ほんとに卒業式始まっちゃうって!」

親友は私の手を引いて教室を飛び出したのに、全然急いでないみたいに速度を緩めて言った。

「大学生になっても遊ぼうね」

「当たり前じゃん」

「社会人になっても遊んでるかな?」

「さぁー、どうだろうね?」

「ひどーい!ねぇ夜月、こんなおまじない知ってる?」

「おまじない?」

親友が私の腕を掴んで楽しそうに訊いてくる。

「最近、動画アプリで流行ってるおまじないがあって、こうやってさ…」

親友は右手の手首を左手でグッと掴んだ。
圧迫された右手首にぽこぽこって豆粒みたいな物が浮き上がった。

「コレの数が、将来自分が産む子どもの数なんだって」

「おまじないって言うか願掛けみたいなもんじゃん」

「もー!夜月ってば冷めてるなぁ。私、子ども産むんだー!ってワクワクくらいにはなるじゃん」

「あはは!そうかもね。でも好きな人も居ないのに」

好きな人。
そう言葉にした時に何故か心臓の近くがチクンってした。

そばで見守られているようなあたたかさとは違う。

物凄く、物凄く逢いたい誰かが居るはずなのにそれが誰なのか思い出せない。
忘れちゃいけない気がするのに、思い出せない。

ずっと幼い頃に、なんて思っていたけれど、私はとんでもない記憶をこの一年間で置き去りにしてきてしまったような気がする。

おかしいところなんて見当たらない。
家族のことも、学校で友達と過ごした時間も、記憶喪失みたいにぽっかりと空いてしまった穴なんて何も感じない。

それなのにただ一人。
絶対に忘れないと誓った、なのに声も顔も名前すらも思い出せない、とても大切な人を、私は失くしてしまった気がした。

「ねぇ、夜月」

「えっ…うん!?何!?」

「見つかるといいね。大切な人。私も、夜月も」

「うん…そうだね。それで、幸せになろうね」

体育館に続く渡り廊下。
散った桜の花びらが私達を大人へと導くように繋がっていた。

明日から、私はもう高校生じゃない。
この制服も今日でおしまい。

私は大人になる。
会いたい誰かに会えなくても、生きていくことが怖くなっても、歩いていく。

私の命はきっと未来へと続いていく。
この先守っていこうと誓った家族をどこまで繋いでいけるかは分からない。

それでも可能性があるのなら生きていこう。

ただがむしゃらに、私は生きる。

「夜月ー!?どうしたー?」

「私、会いたい人が居る気がする。すっごく遠い未来で」

「はぁ?何言ってんの?アニメかなんかの話?」

「なんだろ。なんか浸っちゃった。桜がすごく綺麗だったから」

体育館に駆け込みながら、ふと左手人差し指の爪を、親指でなぞった。

いつからか伸ばすようになったココの爪。
理由はなんでだったか思い出せない。
でもクリアのネイルまでして、ピカピカに整えている。

なんでかが分からないけれどそれは“何か”の目印のような気がした。

いつかは思い出せるかな。
私が“何か”に賭けたおまじないを。

もしも思い出せて、それが幸せな結末なら、いつか親友にも教えてあげよう。

「こんな可笑しなおまじないもあるよ」って。
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