春が追い付く二拍手前。
「どういう意味だ」
「それは……」
「今言った言葉をもう一度、よくわかるように説明してもらおうか?」
「……」
何も言えずに床にへたり込んでいる男の口からは、これ以上は何の説明も期待できないだろうと、使用人の女性は、涙をぬぐいつつ重い口を開いた。
「――ハル様……要するに旦那様は、大きな研究の成果を、丸々そっくり、助手にかっさらわれ、先に自分のものだと公表されたということです。そして、研究過程で出来た借金だけが、膨大に残されたいうことです……」
「……」
「そして、その借金の返済を肩代わりしてくれる方が現れたものの、その企業の社長様は旦那様の今までの研究成果と、お嬢様の今までの研究成果と……お嬢様を妻にほしいと」
――なんだって?
「ハル様……」
私は、唖然として、彼女を見た。
彼女は何も答えず、ただただ目の前の男を睨んでいた。これほど人は恐ろしい顔ができるものなのか、と驚くほどに、般若のような顔で睨んでいた。
「要するに、この男は、最初から嵌められていたわけだ。……自業自得だと突き放したいところだが、まさか私まで巻き込まれるとは……」
彼女は、「くそっ」と悪態をついた。
「これまでの私たちの研究だけでなく、私を得ることで、これからの成果も奪おうって魂胆か。よく頭の回る狸どもだ」
「……すまない」
やっとのことで、口を開いた男は、次の瞬間には、彼女によって顔面を横から殴り飛ばされていた。
「……っ、ハル様っ!」
そのまま殺す勢いで父親を殴り始めた彼女に、私は慌ててやめさせようと駆けよるが、小さな体は片手で吹っ飛ばされる。
「こんのっ、馬鹿野郎がっ! 私を愛してくれなかったことは結構! 放置していたことも結構! それならそれで、こっちもお前のことをほっておいてやるだけだ。
……なのに、迷惑だけは一端にかけてくるとは……どういう神経をしてやがるんだ。
……野良犬でも、そんなことはしないぞ、このっ、糞野郎があっ!!」
嫌な音がして、男は部屋から廊下へと吹っ飛ばされた。
「……ハル様……」
彼女を見上げると、男を見つめたまま、肩を上下させて荒い息をしている。男を殴った手は、血だらけであった。おそらく、男の血より、彼女の血のほうが多いだろう。
「手の手当てをしないと……」
「フユ……」
やっとことでかけた私の言葉に、彼女がこちらを見る。その目は、かすかに潤んでいて――。
「ちょっと一人きりにしてほしい」
「ハル様っ!」
彼女を放っておいてはいけない。きっと、何か良からぬことを考えてしまうだろうから。
だから、私は、階段を上っていく彼女を慌てて追いかけた。しかし、彼女の部屋の前で、追いつく寸前で、扉を荒々しく閉められてしまった。ペットドアから飛び込もうとしたが、それも鍵を駆けられてしまって――。
「ハル様……」
私は、彼女の消えてしまった扉の前で、ただただ立ちすくむしかなかった。
そして、一週間が過ぎた頃――
彼女は、暗い決意を秘めた顔で、部屋から出てきたのであった。
「それは……」
「今言った言葉をもう一度、よくわかるように説明してもらおうか?」
「……」
何も言えずに床にへたり込んでいる男の口からは、これ以上は何の説明も期待できないだろうと、使用人の女性は、涙をぬぐいつつ重い口を開いた。
「――ハル様……要するに旦那様は、大きな研究の成果を、丸々そっくり、助手にかっさらわれ、先に自分のものだと公表されたということです。そして、研究過程で出来た借金だけが、膨大に残されたいうことです……」
「……」
「そして、その借金の返済を肩代わりしてくれる方が現れたものの、その企業の社長様は旦那様の今までの研究成果と、お嬢様の今までの研究成果と……お嬢様を妻にほしいと」
――なんだって?
「ハル様……」
私は、唖然として、彼女を見た。
彼女は何も答えず、ただただ目の前の男を睨んでいた。これほど人は恐ろしい顔ができるものなのか、と驚くほどに、般若のような顔で睨んでいた。
「要するに、この男は、最初から嵌められていたわけだ。……自業自得だと突き放したいところだが、まさか私まで巻き込まれるとは……」
彼女は、「くそっ」と悪態をついた。
「これまでの私たちの研究だけでなく、私を得ることで、これからの成果も奪おうって魂胆か。よく頭の回る狸どもだ」
「……すまない」
やっとのことで、口を開いた男は、次の瞬間には、彼女によって顔面を横から殴り飛ばされていた。
「……っ、ハル様っ!」
そのまま殺す勢いで父親を殴り始めた彼女に、私は慌ててやめさせようと駆けよるが、小さな体は片手で吹っ飛ばされる。
「こんのっ、馬鹿野郎がっ! 私を愛してくれなかったことは結構! 放置していたことも結構! それならそれで、こっちもお前のことをほっておいてやるだけだ。
……なのに、迷惑だけは一端にかけてくるとは……どういう神経をしてやがるんだ。
……野良犬でも、そんなことはしないぞ、このっ、糞野郎があっ!!」
嫌な音がして、男は部屋から廊下へと吹っ飛ばされた。
「……ハル様……」
彼女を見上げると、男を見つめたまま、肩を上下させて荒い息をしている。男を殴った手は、血だらけであった。おそらく、男の血より、彼女の血のほうが多いだろう。
「手の手当てをしないと……」
「フユ……」
やっとことでかけた私の言葉に、彼女がこちらを見る。その目は、かすかに潤んでいて――。
「ちょっと一人きりにしてほしい」
「ハル様っ!」
彼女を放っておいてはいけない。きっと、何か良からぬことを考えてしまうだろうから。
だから、私は、階段を上っていく彼女を慌てて追いかけた。しかし、彼女の部屋の前で、追いつく寸前で、扉を荒々しく閉められてしまった。ペットドアから飛び込もうとしたが、それも鍵を駆けられてしまって――。
「ハル様……」
私は、彼女の消えてしまった扉の前で、ただただ立ちすくむしかなかった。
そして、一週間が過ぎた頃――
彼女は、暗い決意を秘めた顔で、部屋から出てきたのであった。