春が追い付く二拍手前。
「お父さん、死んじゃうの?」

 もみ路さんに連れてこられた桜さんは、苦しげな息をする柾を見た後、
 母を見上げて、泣きそうな顔で言った。

「ねえ、死んじゃうの?」
「……」
「ねえ!」

 何も答えられない母親に、しびれを切らした桜さんは、私を見て聞いた。

「ねえ、死んじゃうの?」
「……はい。だから、まだ生きているうちに、まだ聞こえているうちに、お別れを、しましょう」

 私は、やっとのことで、答えた。見る見るうちに、桜さんの瞳に、涙が溜まっていく。

「なんで? なんで? ……お母さん、お父さんは無敵だから、絶対大丈夫だって言ったじゃん?
お父さんだって前に、桜が結婚するまでは、象に踏まれたって絶対死なないって言ったじゃん?
なんで? なんでよ! みんな嘘つき! お母さんの嘘つき! お父さんの嘘つき!」

 桜さんは、わあっとベッドに突っ伏し、泣いた。

「桜……」
 もみ路さんは、泣き続ける桜さんの頭を、背を、撫で続ける。
 そのもみ路さんも、絶えずはらはらと、涙を流していた。


「……」
 ふと、桜さんのその姿に、ハル様がかぶさって見えた。
 彼女も、母を失った時、こうやって泣いていたのだろうか。
 そして、これから、ずっと。生きている限り永遠に、
 大切な人を失った悲しみを抱えて、生きていかなければならないのだろうか――?

 彼女のように――。
 そして、彼女を失った、私のように――。


「……」
 私は思う。

 そんなこと、駄目だ。
 そんなこと、あってはいけない。
 こんな苦しみ、悲しみ、抱えるのは、私たちだけで、充分で、
 しかも、その責任が私にあるのなら、なおさら――。


 私は、神様に祈りたい気分になった。
 だけど、神様など、本当にいるかなんて分からない。
 本当にいて願ったところで、本当に叶うかどうかなんて――。

「……!」
 その時、私はハッとした。
 あることを思い出した。


――願いを確実に叶えてもらう。神様への願いの伝え方が存在しているんだって。


「柾、もみ路さん、桜さん、柊さん。……ごめんなさい」
 私は、誰にも気づかれないよう、小さく言った。

「私は、あなたたちから受けた愛を、仇で返します――」

 私は、そっと病室を後にした。
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