ニセモノカップル。
念入りに髪をとかして、家を出る。
なんとなく、本当になんとなく、足が勝手に神楽神社の方に向かってしまう。
いや、明日になったら会えるんだけど。
これじゃ私も、七瀬さんのこと悪く言えない。
神楽神社に行く途中にある公園で足を止めた。
うん、不気味に思われたら困るしやっぱり引き返そう!
そう決めた瞬間、公園から聞き覚えのある声が聞こえた。
「だ~か~ら! きららが遊んであげるって言ってるじゃん!」
「いや! 怖いもん!」
そこには、七瀬さんたちと凛ちゃんがいた。
血の気が引く。七瀬さんたちは嫌がる凛ちゃんの手をひっぱっていた。
「なにしてるんですか!」
「お姉ちゃん!」
私に気づいた凛ちゃんは、目に涙を溜めて私に手を伸ばす。
私はその手を握り、七瀬さんの手をパチンとはらって手を離させた。
「いたっ! なにすんのよ!」
「あ、ごめんなさい!」
反射的に謝ってしまう。だけど、凛ちゃんが怖がっていたから。
いったい、この子になにをしようと……。
「葉月、お前きららに暴力ふるったな!」
「サイテー。絶対先生に言うからね」
後ろにいた早乙女さんと美波さんが、七瀬さんを守るように前に出た。
今まで彼女たちにされてきた“いじめ”がフラッシュバックし、体が震える。
今は神楽くんもいない。怖い。逃げてしまいたい。
「お姉ちゃん……」
弱弱しく私を呼ぶ凛ちゃんの声でハッとする。
今、この子を守れるのは私しかいない。
「凛ちゃん、私がきたから大丈夫。なにがあったの?」
彼女を手をやさしく握ろうとした私の手は、まだ震えている。情けない。
「公園でひとりで遊んでたの。そしたらあの人たちが来て、仲よくしようとか、お姉ちゃんになってあげるって。いいって言ったのに、ずっとつきまわしてきて……」
ひどい。凛ちゃんはまだ小学二年生だ。自分より年上の三人に囲まれたら、相当怖かっただろう。私は彼女をそっと抱きしめる。
「……七瀬さん、なんでこんなことをするんですか?」
「はぁ? 葉月さん、あんたがこの小さい子に取り入って神楽くんと仲良くなったのはわかってるんだから。ほんっとずるいよね。神楽くんも妹の面倒見てくれる人を探してた、とかでしょ。じゃないと葉月さんと神楽くんが付き合うなんてあり得ない。だからその子にも親切できららが遊んであげるって言ってるあげてるのにさぁ!」
どこまで考えが歪んでるんだ。うんうんと頷きながら話しを聞いてる早乙女さんたちもおかしい。
たぶん、どれだけ説明してもこの人たちにはわかってもらえない。
私は小声で凛ちゃんにささやく。
「この人たちには私から話しておくから、凛ちゃんはもう家に帰って」
「っ……! でもお姉ちゃんは?」
「大丈夫。私はお姉ちゃんだから。ほら、行って!」
優しく凛ちゃんの背中を押す。彼女は何度もこちらを振り向きながら、駆けていった。
「あ、逃げた!」
私は凛ちゃんを隠すように、三人の前に立つ。
「私が気に入らないのはわかります。だけど、そんなことに小さい子を巻き込まないでください」
声がうわずる。震える。それでも、言わないといけない。
神楽くんの妹は、私にとっても、もう大切な存在になっている。
七瀬さんは私の前にきた。
「調子に乗りすぎ。誰にものを言ってんの? スクールカースト最下位の葉月さんがさぁ!」
――バチンッ!
七瀬さんが大きく振りかぶって、私のほほに平手打ちをした。
鋭い痛みがして、口の中に鉄の味が広がる。
「悪く思わないでね。葉月さんもさっき、きららのこと叩いたもんね?」
痛い。ほほが痺れてる。だけどここは下手に出た方が……。
「そ、そうです、ね。あおいこです。これでもう、今日は……」
早乙女さんたちがにやりと笑った。
「あ? うちらの分がまだだけど。親友が叩かれて、傷ついたんだわ」
「そうそう、本当に辛かった。だからあたし、も……ね!」
――バチンッ!
七瀬さんに叩かれた方とは別の頬を、早乙女さんにはたかれる。
「まだ終わりじゃねぇぞ!」
美波さんはよろけた私の肩を思いっきり押す。その勢いで、私は地面に尻もちをついてしまう。
この三人には神楽くんの彼女という立場はきかない。
神楽くんが不良じゃないことなんて知ってるからだ。
……凛ちゃんが家に帰る時間まで、きっと十五分はかかる。
それまでは時間を稼がないと。
ほっぺたが熱い。その熱さと痛みで、頭までぼんやりしてくる。
ぼんやりした思考のなかで、なんだかこれは私に与えられた罰なのかもしれないと感じた。
嘘で彼と付き合ったフリをしていた、罰。
七瀬さんは、本当に神楽くんのことが好きなんだ。
好きだからと言って、今までの行動は褒められたものじゃない。だけど。
恋をするって、しんどいもんね。諦めたくないもんね。
「うわ、葉月さん泣いてるじゃん」
「なみ、やりすぎだよぉ」
「うちらだってさんざんコイツに苦しめられたじゃん! 悪いのはコイツ!」
「そうだよねー」
「きらら、次は蹴ってみたい」
「やっちゃえやっちゃえ~」
キレイな顔で醜く笑う彼女たち。
私は恐怖で腰が抜けたのか、立ち上がることさえできない。
結局、私はいじめられっ子でしかないのかな。
「反応ないとつまらな~い。なにか言えば?」
七瀬さんに胸ぐらを掴まれる。苦しい。怖い。
「葉月をボコったあとはあの子のことも追いかけなきゃね」
「どうせ家の近くにいるっしょ~」
ふと、彼の顔が浮かぶ。
こんなとき、神楽くんならどう言うだろうか。
私も、彼みたいになれたらいいのに。
彼が私を、守ってくれたみたいに。
「――私の妹に手、出すなよ。性格ブス」
「……てめぇ、今なんて言った?」
不思議と震えは止まっていた。
覚悟を決めたそのとき、声が聞こえた。
「杏、大丈夫か!?」
それは、今日の朝からずっと聞きたかった声。
神楽くん、いつの間に……!
必死に走ってきたのだろうか、彼の額には汗が滲んでいる。
神楽くんは私を七瀬さんから引き離す。
私は安心してしまったのか、そのままへたりと座りこんでしまった。
「杏! 大丈夫か!? おい!」
私の体を支えながら、必死になって私に呼びかけてくれる。
珍しい。彼が“あんた”じゃなくて、杏って名前で呼んでくれた。
こんなときなのに嬉しい。私ってほんと……。バカだなぁ。
「大丈夫です。それより、凛ちゃんは大丈夫ですか?」
「もう家にいる。凛のこと守ってくれて、ありがとな」
彼は優しく私の髪を撫でる。
そして、七瀬さんたちの方を見た。私からは、その表情は見えないけれど、三人が短い悲鳴をあげたので、だいたいの想像はつく。ひどく怒っているのだろう。私たちのまわりの空気が、重く。冷たくなっていく。
「お前ら……どういうつもりだよ」
ビクっと反応する三人。
七瀬さんたちは、しどろもどろになりながら話し始めた。
「きららは、神楽くんの目を覚まさせてあげようとしてね? 妹ちゃんのことも怖がらすつもりはなくって、本当に遊んであげたくて、なんていうか、神楽くんと仲良くなれるきっかけになればいいなって」
「そ、そうそう。うちら、悪気はなかったんだって! きららの気持ちは知ってるでしょ?」
「葉月さんのことも女子同士にはよくあることだし、ね?」
三人とも目を泳がせて、必死に自分を正当化しようとした。
神楽くんは、大きな深呼吸をする。
「……お前らがすること全部、嫌な気持ちになることばっかりだ。はっきり言う。俺は七瀬も、早乙女も、美波も大嫌いだ。『好意があるから』『悪気はないから』でなんでも許されると思うな。もし、俺と杏が付き合ってなかったとしても、俺が七瀬と付き合うなんてことが天地がひっくり返っても有り得ない。次、杏や凛になにかしたら……ただじゃ済まない。このことは、学校にも伝える」
三人は目を見開いたまま、立ち尽くした。信じられないといった表情だ。
「ここまで言わないとわからないと思ってた俺も悪かった。そこだけは申し訳ないと思うよ」
彼は私の手をとる。
「歩けるか? 病院に行こう」
「う、うん……」
七瀬さんたちはもう、何も言わなかった。
いや、言えなかったのだと思う。
病院に着くまで、彼はずっと私の手を離さなかった。
なんとなく、本当になんとなく、足が勝手に神楽神社の方に向かってしまう。
いや、明日になったら会えるんだけど。
これじゃ私も、七瀬さんのこと悪く言えない。
神楽神社に行く途中にある公園で足を止めた。
うん、不気味に思われたら困るしやっぱり引き返そう!
そう決めた瞬間、公園から聞き覚えのある声が聞こえた。
「だ~か~ら! きららが遊んであげるって言ってるじゃん!」
「いや! 怖いもん!」
そこには、七瀬さんたちと凛ちゃんがいた。
血の気が引く。七瀬さんたちは嫌がる凛ちゃんの手をひっぱっていた。
「なにしてるんですか!」
「お姉ちゃん!」
私に気づいた凛ちゃんは、目に涙を溜めて私に手を伸ばす。
私はその手を握り、七瀬さんの手をパチンとはらって手を離させた。
「いたっ! なにすんのよ!」
「あ、ごめんなさい!」
反射的に謝ってしまう。だけど、凛ちゃんが怖がっていたから。
いったい、この子になにをしようと……。
「葉月、お前きららに暴力ふるったな!」
「サイテー。絶対先生に言うからね」
後ろにいた早乙女さんと美波さんが、七瀬さんを守るように前に出た。
今まで彼女たちにされてきた“いじめ”がフラッシュバックし、体が震える。
今は神楽くんもいない。怖い。逃げてしまいたい。
「お姉ちゃん……」
弱弱しく私を呼ぶ凛ちゃんの声でハッとする。
今、この子を守れるのは私しかいない。
「凛ちゃん、私がきたから大丈夫。なにがあったの?」
彼女を手をやさしく握ろうとした私の手は、まだ震えている。情けない。
「公園でひとりで遊んでたの。そしたらあの人たちが来て、仲よくしようとか、お姉ちゃんになってあげるって。いいって言ったのに、ずっとつきまわしてきて……」
ひどい。凛ちゃんはまだ小学二年生だ。自分より年上の三人に囲まれたら、相当怖かっただろう。私は彼女をそっと抱きしめる。
「……七瀬さん、なんでこんなことをするんですか?」
「はぁ? 葉月さん、あんたがこの小さい子に取り入って神楽くんと仲良くなったのはわかってるんだから。ほんっとずるいよね。神楽くんも妹の面倒見てくれる人を探してた、とかでしょ。じゃないと葉月さんと神楽くんが付き合うなんてあり得ない。だからその子にも親切できららが遊んであげるって言ってるあげてるのにさぁ!」
どこまで考えが歪んでるんだ。うんうんと頷きながら話しを聞いてる早乙女さんたちもおかしい。
たぶん、どれだけ説明してもこの人たちにはわかってもらえない。
私は小声で凛ちゃんにささやく。
「この人たちには私から話しておくから、凛ちゃんはもう家に帰って」
「っ……! でもお姉ちゃんは?」
「大丈夫。私はお姉ちゃんだから。ほら、行って!」
優しく凛ちゃんの背中を押す。彼女は何度もこちらを振り向きながら、駆けていった。
「あ、逃げた!」
私は凛ちゃんを隠すように、三人の前に立つ。
「私が気に入らないのはわかります。だけど、そんなことに小さい子を巻き込まないでください」
声がうわずる。震える。それでも、言わないといけない。
神楽くんの妹は、私にとっても、もう大切な存在になっている。
七瀬さんは私の前にきた。
「調子に乗りすぎ。誰にものを言ってんの? スクールカースト最下位の葉月さんがさぁ!」
――バチンッ!
七瀬さんが大きく振りかぶって、私のほほに平手打ちをした。
鋭い痛みがして、口の中に鉄の味が広がる。
「悪く思わないでね。葉月さんもさっき、きららのこと叩いたもんね?」
痛い。ほほが痺れてる。だけどここは下手に出た方が……。
「そ、そうです、ね。あおいこです。これでもう、今日は……」
早乙女さんたちがにやりと笑った。
「あ? うちらの分がまだだけど。親友が叩かれて、傷ついたんだわ」
「そうそう、本当に辛かった。だからあたし、も……ね!」
――バチンッ!
七瀬さんに叩かれた方とは別の頬を、早乙女さんにはたかれる。
「まだ終わりじゃねぇぞ!」
美波さんはよろけた私の肩を思いっきり押す。その勢いで、私は地面に尻もちをついてしまう。
この三人には神楽くんの彼女という立場はきかない。
神楽くんが不良じゃないことなんて知ってるからだ。
……凛ちゃんが家に帰る時間まで、きっと十五分はかかる。
それまでは時間を稼がないと。
ほっぺたが熱い。その熱さと痛みで、頭までぼんやりしてくる。
ぼんやりした思考のなかで、なんだかこれは私に与えられた罰なのかもしれないと感じた。
嘘で彼と付き合ったフリをしていた、罰。
七瀬さんは、本当に神楽くんのことが好きなんだ。
好きだからと言って、今までの行動は褒められたものじゃない。だけど。
恋をするって、しんどいもんね。諦めたくないもんね。
「うわ、葉月さん泣いてるじゃん」
「なみ、やりすぎだよぉ」
「うちらだってさんざんコイツに苦しめられたじゃん! 悪いのはコイツ!」
「そうだよねー」
「きらら、次は蹴ってみたい」
「やっちゃえやっちゃえ~」
キレイな顔で醜く笑う彼女たち。
私は恐怖で腰が抜けたのか、立ち上がることさえできない。
結局、私はいじめられっ子でしかないのかな。
「反応ないとつまらな~い。なにか言えば?」
七瀬さんに胸ぐらを掴まれる。苦しい。怖い。
「葉月をボコったあとはあの子のことも追いかけなきゃね」
「どうせ家の近くにいるっしょ~」
ふと、彼の顔が浮かぶ。
こんなとき、神楽くんならどう言うだろうか。
私も、彼みたいになれたらいいのに。
彼が私を、守ってくれたみたいに。
「――私の妹に手、出すなよ。性格ブス」
「……てめぇ、今なんて言った?」
不思議と震えは止まっていた。
覚悟を決めたそのとき、声が聞こえた。
「杏、大丈夫か!?」
それは、今日の朝からずっと聞きたかった声。
神楽くん、いつの間に……!
必死に走ってきたのだろうか、彼の額には汗が滲んでいる。
神楽くんは私を七瀬さんから引き離す。
私は安心してしまったのか、そのままへたりと座りこんでしまった。
「杏! 大丈夫か!? おい!」
私の体を支えながら、必死になって私に呼びかけてくれる。
珍しい。彼が“あんた”じゃなくて、杏って名前で呼んでくれた。
こんなときなのに嬉しい。私ってほんと……。バカだなぁ。
「大丈夫です。それより、凛ちゃんは大丈夫ですか?」
「もう家にいる。凛のこと守ってくれて、ありがとな」
彼は優しく私の髪を撫でる。
そして、七瀬さんたちの方を見た。私からは、その表情は見えないけれど、三人が短い悲鳴をあげたので、だいたいの想像はつく。ひどく怒っているのだろう。私たちのまわりの空気が、重く。冷たくなっていく。
「お前ら……どういうつもりだよ」
ビクっと反応する三人。
七瀬さんたちは、しどろもどろになりながら話し始めた。
「きららは、神楽くんの目を覚まさせてあげようとしてね? 妹ちゃんのことも怖がらすつもりはなくって、本当に遊んであげたくて、なんていうか、神楽くんと仲良くなれるきっかけになればいいなって」
「そ、そうそう。うちら、悪気はなかったんだって! きららの気持ちは知ってるでしょ?」
「葉月さんのことも女子同士にはよくあることだし、ね?」
三人とも目を泳がせて、必死に自分を正当化しようとした。
神楽くんは、大きな深呼吸をする。
「……お前らがすること全部、嫌な気持ちになることばっかりだ。はっきり言う。俺は七瀬も、早乙女も、美波も大嫌いだ。『好意があるから』『悪気はないから』でなんでも許されると思うな。もし、俺と杏が付き合ってなかったとしても、俺が七瀬と付き合うなんてことが天地がひっくり返っても有り得ない。次、杏や凛になにかしたら……ただじゃ済まない。このことは、学校にも伝える」
三人は目を見開いたまま、立ち尽くした。信じられないといった表情だ。
「ここまで言わないとわからないと思ってた俺も悪かった。そこだけは申し訳ないと思うよ」
彼は私の手をとる。
「歩けるか? 病院に行こう」
「う、うん……」
七瀬さんたちはもう、何も言わなかった。
いや、言えなかったのだと思う。
病院に着くまで、彼はずっと私の手を離さなかった。