ニセモノカップル。
神楽くんの手は大きくて、私の小さな手はすっぽりと包まれてしまった。
私、男子と手を繋ぐなんて初めてなのに――。
恥ずかしさと緊張と、恐怖がないまぜになっていく。
引っぱられるようにしていると、彼は急に歩くのをやめた。

「っと、悪い。歩くの早かったか?」
「い、いえ、大丈夫です。すいません」

神楽くんはこめかみのあたりをポリポリと掻いた。

「おかしいところあったら言えよ?」
「は、はい……」

私を心配するようなその表情。
その気づかいに、なんだか噂で聞いたような不良とは違う気がしてくる。

「とりあえず、校舎までは手を繋いでいくから。ペースはそっちに合わす」

緊張していつもより早足になる私。
神楽くんと手を繋いでいるのもあるけど……!

「え、なんで神楽さんが女子と一緒に!?」
「あの子、何者なの」
「密かに憧れてたのに……ショック……」

下校している生徒たちから、激しく注目されている。
神楽くんはうちの学校でも有名な生徒だから、騒がれても仕方ないけど。
私、軽はずみに誘いに乗ったかもしれない。ちょっと心配になってくる。

神楽くんはそんなことは想定済みなのか、平気な顔をして口笛を吹いている。

「あんた、家どこ?」
「緑ヶ丘の方なんですけど……」
「じゃあ送ってく」
「わ、悪いですよ」
「別にそんな遠くないし。ていうか、しばらく登下校も一緒にするから」
「下校だけじゃなくて登校も!?」

神楽くんは当然といった表情をしている。

「あんたさぁ、もうちょっと考えろよ。カップルなんだから登下校は一緒にした方が自然だろ。それに、俺と付き合ったってことを学校のやつらにも知ってもらった方がいい。なにより、七瀬きららのしつこさをもっとわかるべきだ。逆恨みして、いつあんたに攻撃してくるかわからない。俺がそばにいることで、守ってやれるんだから」

神楽くんには考えがあるようだ。確かに本当に七瀬さんが神楽くんを好きだとしたら、私を殺しにきてもおかしくない気がする。わりと本気で。

「なんだかすいません」
「いいんだよ。だいたい、これは俺にも得があるしな。七瀬きららのしつこさったら半端ないんだから」

私はつい、興味本位で聞いてみてしまう。

「……七瀬さんには、どれくらい追われてるんですか?」
「転校した日に告白されてから、ずっと」
「そ、それはかなり長いですね……」
「だろ? もう本当に無理。だけど俺、友達もいないし。今日あんたと話せて本当に良かった。それだけは七瀬きららに感謝かな」

ふふ、と神楽くんは笑った。
その笑みはなんだかとても優しくて。
なんだか心があたたかくなるような。

「神楽くん、なんだか噂で聞いていた人とは違うような……」

口に出してから、自分が失礼なことを言ったと気づき口を押さえる。

神楽くんは「はぁ」とため息をついた。

「その不良とかいうの、ほとんどが七瀬きららが流したデマ。俺に話しかけてくる女子がいやだったみたい。ただでさえ見た目と口が悪いから誤解されやすいのに、マジ最悪」

開いた口が塞がらない。恋愛のために、女の子はそんなことまでできるのか。
呆然としている私を見て、神楽くんは笑った。

「――ブハッ、すげー顔してるよあんた!」

笑われた途端、恥ずかしくなって顔が熱くなっていく。

「すすすすいません! びっくりしちゃって」
「面白いね、あんた。……と、そろそろいいか」

彼は繋いだ手を離して、私に向かって右手を差し出す。

「ってなわけで、しばらくよろしくな」
「……ありがとうございます。よろしくお願いします」

あらためて握手をして、彼の顔をよく見る。
背が高くて、イケメンで、目つきは怖いけれど、私と同じ中学二年生に変わりない。
今まで変な噂を信じていた自分が恥ずかしかった。

「そうそう、明日は8時過ぎに迎えに行くから」
「わかりました。でも本当に大丈夫ですか?」
「いいから。一緒に登下校するのは絶対必要」

なんでなんだろう、と首を傾げる。
彼が言うその意味を、私は翌朝思い知ることになった。
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