天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「邪魔したか?」
「いえ、そんなわけでは」

 私が慌てて首を横に振ると、「それなら良かった」と黒緋が安堵の笑みを浮かべます。

「ならば、もっと近くで見てもいいだろうか」
「構いませんが……」
「ありがとう」

 黒緋はそう言うと渡殿を回って私のところにやってきました。
 私が舞っている渡殿の座敷にあがると腰を下ろします。

「この舞がお好きなんですか?」

 なにげなく聞きました。
 天地創造の舞は天帝と天妃の別れを描いた悲恋の物語。その切なくも優美な舞いは都の貴族が好むものだと聞いたことがあります。
 でも黒緋は曖昧(あいまい)な笑みを浮かべるだけでした。
 まるでなにかを誤魔化しているようにも見えましたが「続けてくれ」と促されます。
 こうして私は黒緋が見つめる中、また天地創造の舞を再開しました。
 四凶の目覚めによって天帝が地上の荒廃に嘆き、天妃がそれを憂える。そして天妃が地上に落ちる様は一番の盛り上がりをみせる場面です。
 目の()えた貴族の前で舞っても必ず感嘆のため息が漏れる場面ですが……。
 黒緋は静かに舞いを見つめるだけでした。
 感嘆のため息を漏らすことも、ましてや夢見心地の顔をすることもありません。
 静謐(せいひつ)な湖面のように静かに舞を見つめ、時折その瞳に苦しそうな、それでいて今にも泣きだしてしまいそうな色を宿らせるのです。
 私は舞いながら気づきました。
 黒緋はきっとこの天地創造の舞が好きではないのでしょう。
 だって、なにかの面影を追うような、ここではない何処(どこ)かを見つめるような、そんな思い詰めた面差しをしているのですから。
 それを見ていると私はその答えを聞きたいような聞きたくないような、複雑な気持ちになりました。
 しばらくして舞が終わり、床に両手をついて礼をしました。

「ありがとうございました」
「ありがとう。素晴らしかった」
「いえ、つたない舞いです」
謙遜(けんそん)はいらない。これほどの舞いを見たのは久しぶりだ」

 黒緋は穏やかな顔で言いました。
 そこにはもう先ほどまでの思い詰めた様子はありません。
 さっきのは気のせいだったかと思いかけていると、ふと黒緋が鷹揚(おうよう)に口を開きます。

「なあ鶯、俺の子を(はら)む気はないか?」

 …………。
 ………………。

「ええっ!?」

 唐突なそれに()頓狂(とんきょう)な声を上げてしまいました。
 意味が理解できません。いえ、言葉の意味は分かるのです。分かるのですが、私に向けられたことに理解が追いつかない。
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