天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
一睡もできないまま朝を迎えました。
夜空が朝焼けに染まりだして、山間に朝陽が覗きます。
御簾の隙間から差し込む朝陽は一睡もしていない目を容赦なく差しました。
寝床から一歩も出たくないです。誰とも会いたくないです。
でもそんな我儘は許されません。
どんなに動きたくなくても紫紺と青藍のお世話をしなくてはいけません。みんなの朝餉の用意をして、いつもの朝を繰り返さなくてはいけません。
そう、いつもの朝を。何事もなかったようにいつもの朝を。
……のろのろと寝床から起き上がりました。
朝餉は萌黄の分を含めて五人分。
それとも黒緋と萌黄は昼まで起きてこないでしょうか。ふと思い、胸が潰れそうになる。
視界がじわりと滲んで、慌てて拭いました。
いつもの朝でなくてはなりません。泣いてはおかしいのです。
私は着替えを済ませ、土間に向かって渡殿を歩く。
でもその途中、渡殿で大きく伸びをしている萌黄がいました。
「萌黄……」
「あ、鶯! おはよう!」
「おはようって……」
予想外のことに驚いてしまう。
どうしてこんな早朝に萌黄が一人で……。
でも困惑する私に萌黄が笑顔で駆け寄ってきます。
そんな萌黄に私は狼狽えてしまう。
だって朝の清廉な清々しさを纏った萌黄に、想像していた艶めいた気怠さなどなかったのです。
萌黄が明るい笑顔で昨夜のことを話しだします。
「昨夜は天帝とずっとお話ししていたの。いろいろ聞かせてもらえて楽しかったよ?」
「え、お話し……?」
予想外のそれに私は困惑しましたが、萌黄は優しく目を細めて続けます。
「そう。鶯がここでどんなふうに暮らしているか、二人の子どもをどう育ててきたかとか、鶯の料理がどんどん上手くなっているとか、とにかくたくさんお話ししてもらったの。天帝は鶯をとても大切に思っているんだね。鶯の話ばかりだったわ」
「な、なにを言ってっ。あなたと黒緋様は三日夜餅の最中ではないですか。だから、そのようなっ……」
「そうだね。でも一夜目はなにもなかったよ。天帝は無理しなくていいとおっしゃってくれて、おしゃべりが終わると夜明け前に帰っていったの」
「それじゃあ、本当になにも……」
「うん、なにもなかったよ」
萌黄が笑顔で言いました。
私は反応に困ってしまう。
喜んでいる自分がいるのです。昨夜はなにもなかったのだと安堵している自分がいるのです。
でもそれは天帝と天妃を思うなら許されないことでした。だって昨夜は大切な三日夜餅の一夜目だったのですから。
でもふいに萌黄の笑顔が消えました。そして。
「鶯、これを斎宮に届けてほしいの」
「文……」
萌黄が差し出したのは斎宮宛の文でした。
私は受け取りながらも困惑してしまう。萌黄は今にも泣き出しそうな顔をしていたのです。