天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「ど、どういうことだ。突然なにを言い出すんだ」
「もう決めたことです。明日、私は都を出ます」
私は顔を上げて黒緋をまっすぐ見つめました。
そう、私は決意したのです。
萌黄の覚悟に恥じぬ決意を。もう誰も苦しまなくていいように。
「待てっ。なぜそんなことを言う。俺の側にいると言っただろう」
黒緋は動揺したように言いましたが、私は首を横に振ります。
「天妃は見つかりました。私の役目は終わったんです」
「紫紺と青藍はどうする! 俺とお前の子どもだ!」
「……置いていきます。大丈夫、萌黄がいます。萌黄ならちゃんと可愛がってくれます」
顔が少しだけ歪みました。
紫紺も青藍も私の子どもです。悲しくないはずがありません。
でも、もう決めたのです。
だってここに私がいる理由はありません。
これ以上ここにいれば萌黄を苦しめます。黒緋だって苦しむ萌黄を見て私を厭うようになるかもしれません。
私の存在はいずれ黒緋と萌黄を苦しめるのです。
私はまた両手をついて深く頭を下げました。
「今までありがとうございました」
私は静かに別れを告げました。そう、心を断ち切るように。
ゆっくりと顔を上げて立ち上がります。
決意が緩まぬうちに黒緋の前から立ち去りたい。
立ち去る際、黒緋を視界に映さないようにしました。
黒緋の姿を見てしまったら決心が鈍ってしまう。そんな情けない真似はしたくありません。
私は黒緋に背を向けて歩きだしましたが、その時。
「えっ? きゃああ……!」
背後から手を掴まれたかと思うと、強引に引き倒されました。
背中を打ち付けて顔をしかめてしまう。
「痛いですっ。黒緋様、いったいなんですか……!」
思わず声を荒げました。
でも私に覆いかぶさった黒緋を見上げて青褪めます。
「黒緋さま……?」
声が掠れました。
今、黒緋の目が獲物を狙う猛禽類のように爛々とし、射貫くような鋭さで私を見据えていたのです。
それは今まで見たことがない顔でした。
怖い。漠然とした恐怖が背筋を這《は》いあがる。
「は、離してください!」
私は逃げようとしましたが、振り上げた手が強い力で掴まれました。
手を床に縫い付けるように抑え込まれ、顔を至近距離に寄せられます。
「離さない。離せばお前はどこかに行ってしまうんだろう」
黒緋が低くそう言った次の瞬間、唇が強引に塞がれました。
突然の口付けに大きく目を見開く。
「ぅ、ん……ゃ」
無理やり舌を捩じこまれ、口内を貪るように蹂躙されます。
怖くて引っ込んだ舌を強引に絡ませられ、唾液すらも吸い上げられ、それはまるで食べられてしまうかのような口付けでした。
飲みきれなかった唾液が口端から零れ、それを舐《な》められてまた深く口付けられます。
抵抗したいのに押さえつけられた腕はぴくりとも動かせません。