天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「天妃、お前はっ、お前は……! くっ、うああああああああ!!!!」

 黒緋は絶叫した。
 それは慟哭(どうこく)だった。
 恐ろしいほどの喪失感(そうしつかん)と後悔が押し寄せる。
 底知れぬ絶望感。虚無感(きょむかん)。喪失感。それが一気に心を飲み込み、視界を暗く暗く()(つぶ)していく。

「天妃、天妃……。……鶯」

 鶯。その名を初めて口にした。
 黒緋はがくりと膝から崩れ落ち、頬を濡らして空を(あお)ぐ。
 天妃の声はとても穏やかだった。そして紡がれたのは鶯の心。
 声は今まで聞いたこともないような優しさと慈しみに満ちていた。……いやそうじゃない、黒緋が聞こうとしなかっただけだ。
 黒緋は今頃になって気づいてしまう。
 伴侶(はんりょ)として迎えていたのに、真に言葉を交わしたことがなかったことに。
 黒緋が地上の人間を見つめる時や地上の人間の話をする時、天妃は静かな面差しでじっと黒緋を見つめていた。その眼差しは黒緋を不快(ふかい)にさせるものだった。天妃は小言を言いたいのだと思っていたからだ。地上に心を(くば)る天帝を(あき)れていると思っていたからだ。
 でも違っていた。
 天妃はその時に浮かんでいた黒緋の笑顔を見ていたのだ。
 なぜもっと(たし)かめ合わなかったのかと後悔が押し寄せる。
 すれ違ったまま天妃を失い、黒緋は自分を殺したくなるほどの後悔をした……。

■■■■■■



 ぼんやりと目を開けると夜明け前でした。
 燭台(しょくだい)(あか)りは消えていて、寝床を月明かりが照らします。
 ここは……。
 (かす)みがかった頭で考えて、先ほどのことを思い出して一瞬で目が覚めました。

「っ……」

 飛び起きようとして体に走った違和感。
 しかも一糸(いっし)まとわぬ姿のままで羞恥(しゅうち)のあまり体が熱くなる。
 今すぐここから逃げ出したいけれど、私を抱きしめるようにして黒緋が眠っていました。
 でも。

「っ、う……」

 (うな)されている声がしました。黒緋です。
 黒緋は私を抱きしめて眠りながら(うな)されていたのです。
 困惑してしまう。
 でも黒緋の額には汗が(にじ)んでいて、とても苦しそうな顔をしています。
 躊躇(ためら)いを覚えたけれど、悪夢に(うな)される黒緋を放っておきたくありませんでした。

「……黒緋様、黒緋様、起きてください。黒緋様……」

 そっと呼びかけました。
 すると少しして黒緋がハッとして起き上がります。
 突然のそれにびっくりしていると、黒緋が私に気づいて安堵(あんど)のため息をつきました。

「鶯か……。すまない……」

 黒緋が汗で(にじ)んだ前髪をかきあげました。
 でも(はだか)の私に気づくと痛ましげに見つめられます。
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