天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「すまない。お前は初めてだったのに怖かっただろう……。すまない、許してくれ……」
「黒緋さま……」

 黒緋の謝罪に胸が詰まりました。
 どう反応していいか分かりません。言いたいことはたくさんあるのに、黒緋は今にも泣いてしまいそうな顔をしているのです。

「…………夢を、見ていたのですか?」

 なにげなく聞いてみると黒緋が苦い顔をしました。
 私に笑いかけようとしてくれるけれど失敗して歪んだ笑みになる。

「……天妃の夢を見た。天妃が地上に落ちた時の夢だ」
「地上に落ちた時の……」
「ああ。お前を抱いた夜にこんな夢を見るなんてな……」

 天妃に()められているようだ……と弱々しく呟きました。
 黒緋が私を見つめます。

「……抱きしめてもいいか?」
「…………」

 抱きしめてほしいです。
 でも今、その両腕に抱きしめられることは許されない気がしました。
 だって天帝は天妃を愛し、天妃もまた天帝を愛しているのです。
 でも返事ができない私を黒緋が強引に抱きしめました。

「黒緋様っ……」
「頼む、頼むから……」

 懇願(こんがん)されて、私は目を伏せる。
 ……今だけ。今だけだから、どうか許してください。
 許しを()うて、黒緋の(あつ)い胸板に手を置きました。そっと身を寄せてみる。
 すり寄った私に黒緋が息をつきました。

「……鶯、これからもずっと側にいてほしい」

 体が強張りました。
 抱きしめられる腕から伝わったそれに黒緋が口元を歪めます。私を(まど)わせているのも、傷つけているのも分かっているのですね。

「側にいると約束してくれ。頼むから」
「……萌黄が、いいえ、天妃がいるのにですか?」

 そう聞いた私の声は情けないほど震えていました。
 でも黒緋は私の顔を自分の肩口に押し付けて、離すまいとするようにきつく抱きしめてきます。
 私を抱きしめながら黒緋が切々と言葉を紡ぐ。

「俺にとって天妃は掛け替えのない存在だ。天妃を忘れることは決してできない。だが、俺はお前に()かれていく自分を止められなかったんだ」

 黒緋が私の頬に手を()えました。
 ゆっくりと顔をあげさせられ、奪うように唇を重ねられる。でも私を見つめたままそっと唇を離されて……。
 あなた口付けは強引なのに、離れるときは泣きたくなるほど優しいのですね。
 そして苦しそうに言葉を吐きます。

「自分でも自分の(おろ)かな言葉を嫌悪している。お前が天妃ならよかったのにと、そう思ってしまう俺はっ、俺は……自分が許せない……!」

 それは懺悔(ざんげ)の言葉でした。
 私に口付け、私を抱きしめ、私の目を見つめたまま紡がれたそれ。
 私への告白は黒緋にとって懺悔(ざんげ)なのです。

「黒緋さま……」

 私は囁くように名を呼び、(なぐさ)めるように黒緋の頬に手を添えました。
 目を合わせ、優しく頬を撫でてあげます。(なぐさ)めるように優しく。

「あなた、苦しいのですね。そんな顔しないでください」

 私はそう言うと黒緋の唇の(はし)に口付けました。
 どうかそんな顔しないでください。私はあなたの笑った顔が好きなのですから。

 その夜、私たちにそれ以上の言葉はありませんでした。
 ただ静かに抱きしめあっていたのです。




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