天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「クソッ……」
底のない喪失感。
抱くことでこの手に掴んだと思ったのに、まやかしのようにするりと消え去ってしまった。
「すぐに探すぞ! おそらくすでに都の外に出ているだろう。離寛を呼べ! 式神にも捜索させる!」
黒緋は式神を出現させた。
すべての式神に鶯たちを捜索させるのだ。
激しい剣幕で捜索の指揮をとる。
黒緋は目の前が真っ暗になる心地だった。
勝手に出ていった鶯に怒りすら覚える。そしてなにより自分の不甲斐なさに。
だが今はすべて後だ。なにがあっても鶯と紫紺と青藍を見つけ出さなければならない。
「俺は先に探しに行く。萌黄はここに残っていろ、離寛が来たら事情を知らせてくれ」
「承知しました」
「後は頼んだぞ!」
黒緋は焦った顔で寝殿を飛び出した。
こうして鶯と紫紺と青藍の捜索が始まった。
しかし今夜は三日夜餅の三夜目である。黒緋が天妃の萌黄を取り戻せる大切な夜である。
だが、今夜中に鶯たちを見つけなければもう二度と会うことはできなくなるだろう。
萌黄か鶯か。迫られる決断に黒緋は苦々しく舌打ちしたのだった。
■■■■■■
「ははうえ、みろ! しかだ! しかがいる!」
手を繋いでいる紫紺がはしゃいだ声をあげました。
抱っこしている青藍も鹿を見つけて「ばぶぶー!」とおおはしゃぎです。
「ふふふ、可愛いですね。小鹿もいますよ」
「うん、ちっちゃいしかだ! かわいい!」
楽しそうな紫紺に目を細めます。
私は夕暮れに染まる空を見上げました。
都をでた時は真上にあった太陽も、今や西の山間に沈もうとしています。
私は紫紺と青藍と一緒に街道を抜けて険しい山道を登っていました。
旅人が利用する山道ですが、そこは獣道より少し広いだけの道です。足元も悪く、気を付けなければ地面に張り出た木の根に足を引っかけてしまいそう。
「紫紺、疲れていませんか?」
私は手を繋いでいる紫紺に聞きました。
この子は一緒に行くと決めてからもずっと歩いているのです。まだ三歳の細い足では辛いはずです。
でも紫紺はきょとんとする。
「つかれてないぞ」
「慣れない山道です。無理しないでください」
「むりしてない。たんれんで、ずっとやまをはしってたんだ。だからだいじょうぶだ」
「そうでしたか」
少しだけ安堵しました。
紫紺は天帝の血を引いているので普通の子どもではありません。今はその強さにほっと胸をなでおろしました。
「この山道を少し行った先に小さな集落があるはずです。今晩はそこで休みましょう」
こんな幼い子どもたちに山で野宿させることはできません。陽が沈んでしまう前に集落に入り、事情を話して納屋か馬小屋でも借りましょう。せめて屋根のある場所で夜を越えたいのです。
険しい山道を歩いていると、少しして木々が開けた場所に出ました。
目的地にしていた集落です。
でも。
「そんな……」
愕然としました。
集落は不気味なまでに暗く静まり返って、人間の気配を一切感じないのです。
集落内にぽつりぽつりと点在する土と藁でつくった粗末な住居は、打ち捨てられて今にも崩れそうになっていました。
そう、集落は廃墟ばかりになっていたのです。
私は誰もいない集落を困惑しながら歩きます。
つい最近まで誰かが暮らしていたように思えるのに、どこにも人の気配がありません。もしかしたらこの集落は捨てられたのでしょうか。
底のない喪失感。
抱くことでこの手に掴んだと思ったのに、まやかしのようにするりと消え去ってしまった。
「すぐに探すぞ! おそらくすでに都の外に出ているだろう。離寛を呼べ! 式神にも捜索させる!」
黒緋は式神を出現させた。
すべての式神に鶯たちを捜索させるのだ。
激しい剣幕で捜索の指揮をとる。
黒緋は目の前が真っ暗になる心地だった。
勝手に出ていった鶯に怒りすら覚える。そしてなにより自分の不甲斐なさに。
だが今はすべて後だ。なにがあっても鶯と紫紺と青藍を見つけ出さなければならない。
「俺は先に探しに行く。萌黄はここに残っていろ、離寛が来たら事情を知らせてくれ」
「承知しました」
「後は頼んだぞ!」
黒緋は焦った顔で寝殿を飛び出した。
こうして鶯と紫紺と青藍の捜索が始まった。
しかし今夜は三日夜餅の三夜目である。黒緋が天妃の萌黄を取り戻せる大切な夜である。
だが、今夜中に鶯たちを見つけなければもう二度と会うことはできなくなるだろう。
萌黄か鶯か。迫られる決断に黒緋は苦々しく舌打ちしたのだった。
■■■■■■
「ははうえ、みろ! しかだ! しかがいる!」
手を繋いでいる紫紺がはしゃいだ声をあげました。
抱っこしている青藍も鹿を見つけて「ばぶぶー!」とおおはしゃぎです。
「ふふふ、可愛いですね。小鹿もいますよ」
「うん、ちっちゃいしかだ! かわいい!」
楽しそうな紫紺に目を細めます。
私は夕暮れに染まる空を見上げました。
都をでた時は真上にあった太陽も、今や西の山間に沈もうとしています。
私は紫紺と青藍と一緒に街道を抜けて険しい山道を登っていました。
旅人が利用する山道ですが、そこは獣道より少し広いだけの道です。足元も悪く、気を付けなければ地面に張り出た木の根に足を引っかけてしまいそう。
「紫紺、疲れていませんか?」
私は手を繋いでいる紫紺に聞きました。
この子は一緒に行くと決めてからもずっと歩いているのです。まだ三歳の細い足では辛いはずです。
でも紫紺はきょとんとする。
「つかれてないぞ」
「慣れない山道です。無理しないでください」
「むりしてない。たんれんで、ずっとやまをはしってたんだ。だからだいじょうぶだ」
「そうでしたか」
少しだけ安堵しました。
紫紺は天帝の血を引いているので普通の子どもではありません。今はその強さにほっと胸をなでおろしました。
「この山道を少し行った先に小さな集落があるはずです。今晩はそこで休みましょう」
こんな幼い子どもたちに山で野宿させることはできません。陽が沈んでしまう前に集落に入り、事情を話して納屋か馬小屋でも借りましょう。せめて屋根のある場所で夜を越えたいのです。
険しい山道を歩いていると、少しして木々が開けた場所に出ました。
目的地にしていた集落です。
でも。
「そんな……」
愕然としました。
集落は不気味なまでに暗く静まり返って、人間の気配を一切感じないのです。
集落内にぽつりぽつりと点在する土と藁でつくった粗末な住居は、打ち捨てられて今にも崩れそうになっていました。
そう、集落は廃墟ばかりになっていたのです。
私は誰もいない集落を困惑しながら歩きます。
つい最近まで誰かが暮らしていたように思えるのに、どこにも人の気配がありません。もしかしたらこの集落は捨てられたのでしょうか。