天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「紫紺、疲れたでしょう。今夜はゆっくり休みなさい」
「せいらん、もうねてる?」
「よく眠ってますよ。さっきからうとうとしてましたからね」

 気が付くと青藍はとっくにスヤスヤ眠っていました。
 赤ちゃんですからね、疲れたらすぐに眠ってしまうのです。
 紫紺も私の膝枕で横になるとすぐにうとうとし始めます。
 私は紫紺の(ひたい)に手を置いて、頭を優しくなでなでしてあげました。

「紫紺、おやすみなさい」
「ははうえ、おやすみ……。……スースー」

 なでなでしていると紫紺からすぐに寝息が聞こえてきました。どうやら限界だったようですね。
 いつもとは違う状況に紫紺と青藍は疲れてしまったのです。
 私は青藍を抱っこし、膝枕の紫紺をなでなでしながら今後のことを考えます。
 この旅に目的地はなく、目的すらもありません。黒緋と萌黄に二度と会わないように流浪(るろう)するだけの旅です。
 こんな旅に紫紺と青藍を一緒に連れてきたことを申し訳なく思います。でも二人の子どもだけはどうしても()()れなかったのです。
 私は紫紺と青藍を見つめて明日からのことを考えます。
 紫紺と青藍に空腹(くうふく)の悲しみや寒くて眠れない夜など経験させたくありません。空腹と寒さは容赦なく心を(けず)っていきます。(みじ)めさに身も心も(ちぢ)こまっていくのです。二人をそんな()()わせたくありませんでした。
 ならば私ができることは一つだけ。
 私の特技である(まい)(ぜに)を稼ぎます。その(ぜに)で紫紺と青藍にお(なか)いっぱい食べさせてあげるのです。
 そこまで考えてハッとしました。
 一緒だったのです。白拍子でありながら殿方(とのがた)(まい)(いろ)を売って(ぜに)を稼でいる女たちと。
 私は以前、そんな白拍子たちを(いや)しいと思っていました。伊勢の白拍子でなければ本物の白拍子でないとすら思っていたのです。ましてや好きでもない殿方(とのがた)と肌を重ねるくらいなら死を選ぶとすら。
 でも今の私は死を選べません。紫紺と青藍を育てるためにどんなことをしても生きねばならないのです。たとえ好きでもない殿方(とのがた)と肌を重ねることになったとしても。……それが現実でした。

「わたしは、なにも知らなかったのですね……」

 視界が涙で(にじ)んでいく。
 恥ずかしいです。私は知らないことばかりで、ほんとうに恥ずかしい。

「グスッ……」

 鼻を(すす)って着物の(そで)で涙を拭いました。
 泣いてはいけません。
 泣いても(ぜに)は稼げません。
 私は眠っている紫紺と青藍の寝顔をじっと見つめます。
 かわいい寝顔です。
 私の宝物です。この宝物を守るために強くあらねばなりません。

 その夜、私は紫紺と青藍をぎゅっと抱きしめて眠りについたのでした。




< 120 / 141 >

この作品をシェア

pagetop