天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜

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 夜空の月が輝きを増す刻。
 鶯たちを探していた黒緋は自分の寝殿(しんでん)に戻ってきていた。
 まだ鶯たちは見つかっていない。三人が寝殿(しんでん)を出てから半日近くが経過し、捜索範囲を(みやこ)の外にまで広げているが手がかりすら見つかっていなかった。
 だが今、黒緋は捜索を離寛に任せて苦渋の決断で寝殿に戻っていた。
 それというのも、萌黄との三日夜餅(みかよのもちい)のためだ。
 昨夜の二夜目は鶯と肌を重ねていたのである。これは萌黄に対するひどい裏切りだ。その申し訳なさもあって黒緋は萌黄との三夜目のために戻っていたのだ。
 今、黒緋と萌黄は寝間にいた。今から婚姻の(ちぎ)りを交わさなくてはならない。

「……本当にお戻りになってよかったんですか?」
「鶯たちなら大丈夫だ。今、離寛や式神が探している。赤ん坊の青藍が一緒ならまだそんなに遠くへ行っていないはずだ」
「でも……」

 萌黄の視線が落ちる。
 萌黄にとって鶯は大切な姉である。その鶯が行方不明で気持ちが落ち着かないのだ。
 それは黒緋とて同様である。今から萌黄を抱くつもりでいるが、頭の片隅(かたすみ)には鶯がいる。どうしても鶯と紫紺と青藍に心が(とら)われていた。
 しかしそれは許されないことである。
 黒緋は萌黄を見つめた。

「お前は俺が地上で出会った人間の中で(もっと)も天妃に似た神気を宿している。それだけは間違いないんだ。俺はこうしてまたお前と出会えたことを嬉しく思っている」
「天帝……」

 黒緋と萌黄の間には三夜目に食べる餅が置いてある。
 肌を重ねた後、二人でこの餅を食べれば婚姻成立となるのだ。
 緊張で強張る萌黄に黒緋は「大丈夫だ」と優しく声をかける。
 そして怖がらせないようにそっと手を取り、その体を寝床にゆっくり横たわらせた。
 萌黄が(おび)えた瞳でおずおずと黒緋を見上げる。
 それを(なだ)めるような優しい手つきで黒緋は萌黄の夜着を乱していった。
 黒緋の下で(あら)わになっていく白い肌。その姿に、鶯に少し似ているな……と頭の片隅(かたすみ)で考えてしまう。
 だが脳裏によぎった鶯の姿をすぐに追いやった。今、萌黄の前で鶯を思うのは不義理だ。
 やっと見つけた天妃に似た神気の輝きなのだから大切にしなければならない。

「……萌黄」

 黒緋は囁くように名を呼んで萌黄の頬に触れた。
 甘い声で名前を呼んで唇を重ねればいい。そうすればかつての妻たちは喜んでいた。そうすればずっと探していた天妃が戻ってくるはずで。

「天帝」

 唇を重ねようとした寸前、萌黄が声を上げた。
 萌黄は緊張に強張りながらも、なにかを伝えようとするように黒緋を見つめている。

「……どうした」
「あの、その、今夜こんなことを言うのはどうかと思っているんですが、でもどうしても気になってしまうことが一つ……」
「気になること?」
「はい」

 萌黄は頷くと、押し倒されたまま黒緋を見上げた。
 すると夜着を乱していた黒緋の手が止まり、萌黄はほっとしたように息をつく。
 押し倒されたままだが躊躇(ためら)いながらも口を開いた。
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