天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「紫紺、逃げましょう! ここから逃げるんです!!」

 私は紫紺の手を引いて駆けだしました。
 でもその時、ドオオンッ!! 集落にあった家々が吹っ飛びました。
 そして黒い光が線となって夜空に突きあがる。それは各家々に置かれていた白い小石から放たれたものでした。

「な、なんですかこれはっ……! えっ、きゃあああああああ!!」

 突然、黒い光が私に襲いかかってきたのです。
 しかも黒い光は私の体を取り巻いて手足を拘束(こうそく)してきました。

「か、体が、動きません……!」
「ははうえ!」

 紫紺が私に駆け寄ろうとするけれど、黒い光に(はじ)かれて近づいてこれません。
 その光景に羅紗染が嘲笑(ちょうしょう)を浮かべました。

「こらこら、どこへ行くつもりだ。貴様がいなくては四凶(しきょう)が復活できないだろう」
「どういう意味ですか!」
「そのままの意味だよ。四凶(しきょう)は貴様の中にいるのだからな」
「え?」

 耳を疑いました。
 でも(いぶか)しむ私に羅紗染が楽しそうに笑います。

(おろ)かな女だ。まだ気づかないのか。――――この世で(もっと)も祝福されし女、天妃よ」

 天妃。今その言葉が私に向けられました。
 意味が分からず混乱してしまう。

「……天妃? あなた、なにを言っているんです……。私は普通の人間で、天妃の神気もなくて……」
「当然だ。貴様の神気はすべて四凶(しきょう)を封じることに(そそ)がれている。欠片も漏れることはない。だが」

 羅紗染はそこで言葉を切ると愉快気(ゆかいげ)口端(くちはし)を吊り上げます。

「それも今夜までだ。待っていたよ、この時を。(おろ)かな天帝が天妃を手放し、(みやこ)をでた天妃がこの集落に立ち寄ることは予想できていた」
「ま、待ってください。意味が分かりません……。私が……天妃?」

 そんなはずありません。
 だって黒緋が言っていました。私に神気は一切無くて、萌黄が天妃に似た神気を持っていると。
 混乱しますが、今はそれ以上に羅紗染の言葉に嫌な予感がしました。
 さっき羅紗染は『この集落に立ち寄ることは予想できていた』と言ったのです。

「まさか、この集落の人たちは……」
「ああ決まっている、犠牲になってもらった。四凶(しきょう)を復活させるためのな」
「なんて酷いことを……っ」

 愕然(がくぜん)としました。
 この集落で暮らしていた人々は一人残らず殺されたのです。

「すべては四凶(しきょう)を復活させるためのもの! あとは貴様が天帝の元を離れ、のこのことここへ来るのを待つだけだった!!」

 そう言って羅紗染は喉奥で笑うと、暗闇を宿した目で私を見ました。

「さあ始めよう! 貴様の中に封じられた四凶(しきょう)を解放する!!」

 羅紗染の黒い光が強くなりました。
 黒い光が徐々に私を侵食(しんしょく)していく。

「あっ、くっ、あああああああ!!!!」

 いる。
 私の中になにかがいます。
 腹のずっと奥底で何かが息吹(いぶき)を吹いて、むくりっと頭をもたげる。数は四体。それはみるみる存在感を増して、嵐のように荒れ狂いだす。それは災厄(さいやく)の怪物。
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