天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「とうとう復活した!! とうとう復活したぞ!!!!」

 羅紗染が見上げる先には夜空の黒よりなお暗い闇。
 闇の暗雲は(うず)()き、四つの(かたまり)へと変化していく。

「あれが四凶(しきょう)……」
「しきょう?」

 紫紺が私にしがみついて上空を見上げました。
 私は重く頷きます。
 あの禍々(まがまが)しさは間違いなく四凶(しきょう)。確信すらありました。なぜなら、対峙(たいじ)するのは二度目だから。
 ……ああ、そういうことだったのですね……。
 記憶が濁流(だくりゅう)のように流れてくる。天上で暮らしていた時のことも、自分が四凶(しきょう)を封じた時のことも。そのひとつひとつを鮮明(せんめい)に思いだせます。

『お願いですから笑顔でいてください。――――私の(いと)おしい御方(おかた)

 それは私が天妃だった時の最期(さいご)の言葉でした。
 黒緋に心からの愛を告げて地上に落ちたのです。
 私は自分の命を引き替えにする封印術を発動して四凶(しきょう)を封じました。
 地上のことはよく分からなかったけれど、これで黒緋がまた笑顔になってくれるなら構いませんでした。
 そうして体が消滅した私は伊勢の片隅(かたすみ)で暮らしていた女性のお(なか)に宿りました。胎児(たいじ)となり、天妃の(たましい)と記憶をもって生まれるためです。
 その母体の中で出会ったのが双子の妹の萌黄。
 でもその時の萌黄は弱々しい胎児(たいじ)で、今にも鼓動(こどう)が止まってしまいそうでした。

『あなた、死ぬのですか?』

 私は胎児(たいじ)の萌黄を見つめました。
 人間にとって死とは平等に訪れるもの。
 ならばこの胎児(たいじ)()もなく死ぬのでしょう。
 でも一つの母体に私と胎児(たいじ)は二人きり。人間はよく分からないけれど、私と一緒にいてくれる胎児(たいじ)がなぜだか愛らしく見えました。

『いいですよ、私の力を()けてあげます』

 四凶(しきょう)を封じるのにほとんど神気を使ったけれど、私が天妃であるために少しだけ残っていた力。あなたに、()けてあげます。

『……これで私はすべてを(うしな)うけれど、あなたは私と生まれてくれるのですね。ありがとうございます。私、地上のことはよく分からないんです。だから一緒に生まれてくれて心強く思いますよ。あなたの息吹(いぶき)(よみがえ)りますように』

 そっと神気を分けてあげました。
 そうすると胎児(たいじ)の弱々しかった鼓動(こどう)(よみがえ)ります。
 胎児(たいじ)鼓動(こどう)をたしかめて私はゆっくりと目を閉じる。急激な眠気に襲われて(まぶた)が重い。
 目を閉じて次に目を開いた時、私は普通の人間の赤ん坊になっているでしょう。
 天上との繋がりがすべて()たれ、なんの記憶も残っていない普通の赤ん坊です。
 眠る寸前、天帝・黒緋を思いました。
 どうかまた彼が笑ってくれますように。
 こうして私は普通の人間として伊勢の片隅(かたすみ)で生まれたのです。

「ははうえ……」

 紫紺が驚愕した顔で私を見つめていました。
 私が今までと違って神気を(まと)っていることに気づいているのです。
 複雑な気持ちになってしまう。
 自分が黒緋の探していた天妃であったことの喜び、同時に四凶(しきょう)を復活させてしまったことの絶望。天妃だから分かるのです。四凶(しきょう)を復活させてしまったということがどういうことか。
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