天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「紫紺、私も一緒に戦います! あなたが私を守ってくれるように、私も必ずあなたを守ります!」
「ははうえ……!」

 紫紺の瞳がじわじわと(うる)みだしました。
 でもぐいっと涙を(ぬぐ)って立ち上がり、強気な面差しで羅紗染に向かって身構えます。

「オレとははうえがおまえなんかやっつけてやる!!」
「あぶぶっ!」

 おんぶしている青藍が短い手足をジタバタさせました。
 まるで自分もとばかりのそれに頷きます。

「はい、もちろんです。あなたも一緒ですよ」
「ばぶっ!」

 青藍がぎゅっと私の背中にしがみつく。赤ちゃんの戦闘態勢です。
 対峙(たいじ)した私たちに羅紗染は忌々(いまいま)しげな顔になりました。

「お前たちになにができる! 四凶(しきょう)(えさ)にしてやろう!!」
()められたものですね、返り討ちにしてあげます!! 紫紺、行きましょう!!」
「まかせろ!!」

 紫紺が駆けだしました。
 その動きに合わせて私は神気を発動します。
 周囲一帯に茜色(あかねいろ)山吹色(やまぶきいろ)若草色(わかくさいろ)黄金色(こがねいろ)翡翠色(ひすいいろ)瑠璃色(るりいろ)天色(あまいろ)藤色(ふじいろ)雪色(せっしょく)など彩豊(いろどりゆた)かな絹織物(きぬおりもの)反物(たんもの)()()がる。それが目隠しとなって紫紺の動きを援護し、羅紗染に一気に接近しました。

「えいえいえいえいえいえいっ!!!!」

 ドゴッ、ガンッ、ガッ、ズドッ、ゴッ、ドガッ!!

「ぐっ、ぐはっ……! や、やめろっ!」

 紫紺の連打が羅紗染を容赦なく攻撃します。
 羅紗染は反撃しようと邪気を放ちますが、反物(たんもの)が盾となって紫紺を守る。反撃はすべて私が阻止していました。
 当然ですよね、紫紺は私の宝物です。指一本触れさせません。
 追い詰められた羅紗染が紫紺の攻撃を受けながら私を睨みます。

「天妃、貴様さえいなければこんなガキ……っ」

 憎々(にくにく)しげに吐き捨てられて、私はそれに目を細めます。
 ほんとうに()められたものです。私、天妃ですよ。
 天帝に愛されて天妃になったわけではありませんが、天妃に相応しい神気を持っていたから天妃の(くらい)()いたのです。紫紺は私と天帝の血を継いだ子なのですから強いのは当然ではないですか。

「それは逆恨みというものです。私は少しのお手伝いをしているだけで、あなたなど紫紺一人でも十分なのです」
「おのれぇっ、おのれえええええええ!!」

 激昂(げっこう)した羅紗染が私に向かって襲い掛かってきました。
 紫紺の攻撃を受けながらも鬼のような形相(ぎょうそう)で、それは死に物狂い。
 ああもう限界が近いのですね。まるで断末魔のよう。

「近づかないでください。不敬(ふけい)ですよ」

 シュルリッ、ガンッ!!!!
 羅紗染が御簾(みす)に激突しました。

「ぅ、あ、あ……ぅ……あ…………っ」

 羅紗染は昏倒(こんとう)してぴくぴく痙攣(けいれん)しています。
 そう、寸前で私の前に御簾(みす)がシュルリと垂れ下がったのです。しかも鋼鉄よりも硬い御簾(みす)なので激突すればひとたまりもありません。
 でも仕方ありませんよね。不敬(ふけい)不敬(ふけい)です。
 天帝以外の殿方(とのがた)が天妃の御簾(みす)(めく)って入ってくるなど許されません。
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