天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「ははうえ!」

 紫紺が大慌てて私のところに駆けてきました。
 天妃の御簾(みす)をあっさり(めく)って入ってきます。もちろん紫紺と青藍は例外なのです。

「紫紺、無事でしたか?」
「ははうえ、すごい! ははうえのちから、とってもきれいだった!!」
「あなたは強いですね。とても強くなってくれました」
「オレはもっとつよくなるぞ!」
「それは楽しみです」

 いい子いい子と頭を撫でると紫紺が照れくさそうに胸を張りました。
 本当に強くなりましたね。あなたを誇りに思います。
 紫紺を褒めると次におんぶしている青藍が主張します。

「きゃー、あぶう、ばぶぶっ」
「ふふふ、分かっていますよ。あなたも泣かずによく頑張っています」
「あいあ〜」

 青藍が嬉しそうな声を上げます。
 あなたも私の背中にぎゅっとしがみついて耐えていてくれました。それだけで充分ですよ。あなたも強い赤ちゃんです。
 そして私を囲んでいた御簾(みす)がシュルシュル(めく)りあがって消えました。私は紫紺の手を繋ぎ、息も()()えになっている羅紗染を見下ろします。
 羅紗染は全身を痙攣(けいれん)させた瀕死(ひんし)の状態で、もう間もなく息絶えるでしょう。
 でも羅紗染の姿に私の警戒が強まります。
 羅紗染は瀕死(ひんし)だというのに愉快(ゆかい)そうに笑っていたのです。そして上空を見つめて恍惚(こうこつ)と瞳を輝かせていました。
 その異様さに私はハッとして夜空を見上げる。

四凶(しきょう)が……っ」

 そこにあった光景に背筋が冷たくなりました。
 上空で(うず)()いていた四つの(かたまり)がみるみるうちに怪物の形へと変化していく。
 巨大な犬の姿をした渾沌(こんとん)、羊身人面の饕餮(とうてつ)、翼の生えた虎の窮奇(きゅうき)、人面虎足で猪の牙を持つ檮杌(とうこつ)
 夜空に出現した四体の怪物に愕然(がくぜん)としました。
 四凶(しきょう)とは災厄(さいやく)であり最大の不幸。地上にあらゆる(とが)(ごう)をもたらす存在。それがとうとう姿を見せたのです。
 羅紗染の瞳が暗く輝く。

「とうとう、ぐっ……とうとう復活した! この世を混沌(こんとん)(おとしい)れる怪物よ……! これで天上と地上は、邪神のもの!! さあ四凶(しきょう)よ、ここに天妃がいるぞ!! 天妃を食い散らせ!! でなければ、また封印されるぞ……!!」

 羅紗染が(あお)るように命令しました。
 そうすると上空の怪物がぎょろりと私を見下ろし、憎悪が増したように邪気が(ふく)れ上がる。四凶(しきょう)は私の神気に(うら)みを思い出したのです。

「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」」」」

 四凶(しきょう)雄叫(おたげ)びをあげていっせいに襲い掛かってきました。
 咄嗟(とっさ)御簾(みす)の結界を発動します。
 幾重(いくえ)にも()れた御簾(みす)の結界が(たて)となって四凶(しきょう)(はば)むけれど。バリーン!! バリーン!! バリーン!! バリーン!! バリーン!!
 御簾(みす)を突き破って四凶(しきょう)が突っ込んできます。
 四凶(しきょう)は羅紗染とは比べものにならない力を持っているのです。
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