天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「……紫紺」
「なんだ」
「今から四凶(しきょう)を封じます」
「えっ?」

 紫紺がハッとして私を見上げました。
 私は紫紺を見つめ、真剣な顔で言葉を続けます。

四凶(しきょう)は羅紗染を取り込んだことで、前回封印した時よりも明らかに力が増しています。もし、もし失敗したら……」

 そこから言葉が続けられませんでした。
 封印が失敗すれば私は魂ごと食い破られます。そうすれば四凶(しきょう)はさらに力を増してしまうでしょう。

「っ、……失敗はしません……っ」
「ははうえ……」
「なんとしても、私が封印します。もう一度……!」
「は、ははうえ、だめだっ。ふういんしたら、ははうえは、また……」

 紫紺が泣きそうな顔で言いました。
 やっぱり優しい子ですね。今から発動する私の封印術がどんなものか察しているのです。
 ああ私の宝物、絶対に守ってあげます。あなたの生きる世界が光と(ゆた)かさに満ちたものでありますように。

「さあ、こうして対峙(たいじ)するのも二度目ですね」

 そう言って私は上空の四凶(しきょう)を見上げました。
 獰猛(どうもう)な肉食動物が獲物を(なぶ)ろうとするかのように上空をぐるぐる回っています。
 私は気丈に見据えて対峙(たいじ)しました。ここで引けばすべてが終わる。それだけは阻止せねばなりません。

「ぐるぐるぐるぐると……、私を馬鹿にしていますね。いいでしょう。私があなた方を封印するか、あなた方が私を食い破るか、勝負してあげます!!」
「ははうえ、やめろ! それはダメだ!!!!」

 紫紺が悲痛な声で叫びました。
 ごめんなさい、今は聞いてあげられません。
 私は神気を爆発的に高め、四凶(しきょう)を封印術内に捉えます。
 私を食い破らんと四凶(しきょう)が突っ込んでくる。大丈夫、すべて受け止めて、今回も封印できます。必ず封印します。
 私はまたすべてを(うしな)うけれど構いませんでした。私の愛した大切なものが消えてしまうよりも救いのあることなのです。
 そんな中、最後に思い出してしまったのは黒緋でした。
 黒緋は天帝でありながら、私を探すためだけに地上へ降り立ったのです。充分でした。それを知れただけで充分でした。
 黒緋は私を愛してくれたのです。それを知れただけで、私は……。

「お願いですから笑顔でいてください。――――私の(いと)おしい御方(おかた)

 そっと言葉を紡ぎました。
 そして突進してくる四凶(しきょう)を受け止めようとした、その時。

 ――――ドゴオオオオオオオオオオオオ!!!!

 轟音(ごうおん)が響きました。
 私は驚愕(きょうがく)に目を見開く。
 視界いっぱいに黒緋の背中が映っていたのです。
 そう、黒緋の強烈な拳が突進してきた四体を殴り飛ばしました。
 突然のことにシンッと静まり返ります。
 でもそれを破るように紫紺が声を上げました。

「ちちうえだ!! ちちうえがきた!!」

 紫紺が黒緋に向かって駆けだします。
 興奮した紫紺を黒緋が抱きとめました。
< 132 / 141 >

この作品をシェア

pagetop