天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「鶯、どこだ! どこにいる!」
「天妃様は私どもがお探しするので、何卒《なにとぞ》っ」
「どうか、どうかお戻りください!」
側近たちが困惑しながらも平伏して黒緋を政務に戻そうとする。
そもそも今まで天帝がこんなに必死に天妃を探していたことがなかったので側近たちも困惑しているのだ。
だが黒緋からすればそんなことは関係ない。
もう二度と手放さないと決めているのだ。
「構わん、俺も探す」
黒緋はそう言い放つと宮中の長い通路を歩いた。
だが庭園に差しかかって足を止める。
庭園では紫紺と離寛が手合わせをし、暖かな縁側では青藍が昼寝していたのだ。
離寛が黒緋に気づくと「助かった〜」と安堵する。
離寛は天帝である黒緋の臣下だが、今は公務中ではないので友人として宮中に遊びに来ていたのだ。
「いいところに来た。ずっと手合わせに付き合わされてるんだ。替わってくれよ」
離寛が気安い口調で言った。
天上の武将として名を馳せる離寛は紫紺の手合わせ相手として丁度よいのだ。よく紫紺にねだられて相手をさせられている。
「そうしてやりたいが、実は今はそれどころじゃない」
黒緋が深刻な顔で言った。
いつも鷹揚とした黒緋の珍しい様子に離寛と紫紺が驚く。
「ちちうえ、なにかあったのか?」
「珍しいな、お前がそんな深刻な顔になるなんて。よほどのことがあったのか?」
離寛は天上の武将として警戒を強める。
もし天上や地上に不穏なことがあれば武将として守らなければならないのだ。
しかし。
「鶯がいなくなった。どこに行ったかしらないか?」
「え……」
離寛は若干引いた。
天帝が天妃を探して宮中をうろうろうろうろしていたというのだから……。
「……恋をすると人は変わるというが、天帝まで変わるのか。恋がすごいのか、天妃がすごいのか……」
「なにが言いたい」
黒緋が目を据わらせた。
離寛の反応は面白くないものだが気持ちは分からなくもない。
黒緋自身も驚いているのだ。これほど誰かを深く想うことがあるとは今まで想像もしていなかった。
だからこそ今の最優先はいなくなった鶯を探すことである。
「それで知っているのか?」
「オレ、しってる! せいらんをひるねさせたあと、あっちにあるいていったぞ!」
紫紺が「あっち」と指差しながら答えた。
どうやら鶯は姿を消す前、ここで紫紺の手合わせを見守り、青藍を抱っこして昼寝をさせていたようだった。
天妃が子どもの世話をするなど前代未聞ではあるが、鶯は地上で紫紺と青藍を育てていた時のまま天上でも同じように育てている。最初はしきたりや慣習を重んじる女官たちが困惑していたが鶯は断固として譲らなかったのだ。
「ありがとう、紫紺。よく教えてくれた」
「うん。でもははうえ、なんかへんなかおしてた」
「変な顔だと?」
黒緋が訝しむ。
紫紺の言葉に離寛も「そういえば」と思い出す。
「天妃様も深刻な顔をして歩いていったな。なにか悩みでもあるんじゃないか?」
「天妃が悩み……」
一大事である。
悩みがあるなら分かち合いたい。できればこの手で解決してやりたい。
「行ってくる」
数々の目撃証言に黒緋は即座に歩きだした。
鶯が向かったという方向に一つだけ心当たりがあったのだ。
「天妃様は私どもがお探しするので、何卒《なにとぞ》っ」
「どうか、どうかお戻りください!」
側近たちが困惑しながらも平伏して黒緋を政務に戻そうとする。
そもそも今まで天帝がこんなに必死に天妃を探していたことがなかったので側近たちも困惑しているのだ。
だが黒緋からすればそんなことは関係ない。
もう二度と手放さないと決めているのだ。
「構わん、俺も探す」
黒緋はそう言い放つと宮中の長い通路を歩いた。
だが庭園に差しかかって足を止める。
庭園では紫紺と離寛が手合わせをし、暖かな縁側では青藍が昼寝していたのだ。
離寛が黒緋に気づくと「助かった〜」と安堵する。
離寛は天帝である黒緋の臣下だが、今は公務中ではないので友人として宮中に遊びに来ていたのだ。
「いいところに来た。ずっと手合わせに付き合わされてるんだ。替わってくれよ」
離寛が気安い口調で言った。
天上の武将として名を馳せる離寛は紫紺の手合わせ相手として丁度よいのだ。よく紫紺にねだられて相手をさせられている。
「そうしてやりたいが、実は今はそれどころじゃない」
黒緋が深刻な顔で言った。
いつも鷹揚とした黒緋の珍しい様子に離寛と紫紺が驚く。
「ちちうえ、なにかあったのか?」
「珍しいな、お前がそんな深刻な顔になるなんて。よほどのことがあったのか?」
離寛は天上の武将として警戒を強める。
もし天上や地上に不穏なことがあれば武将として守らなければならないのだ。
しかし。
「鶯がいなくなった。どこに行ったかしらないか?」
「え……」
離寛は若干引いた。
天帝が天妃を探して宮中をうろうろうろうろしていたというのだから……。
「……恋をすると人は変わるというが、天帝まで変わるのか。恋がすごいのか、天妃がすごいのか……」
「なにが言いたい」
黒緋が目を据わらせた。
離寛の反応は面白くないものだが気持ちは分からなくもない。
黒緋自身も驚いているのだ。これほど誰かを深く想うことがあるとは今まで想像もしていなかった。
だからこそ今の最優先はいなくなった鶯を探すことである。
「それで知っているのか?」
「オレ、しってる! せいらんをひるねさせたあと、あっちにあるいていったぞ!」
紫紺が「あっち」と指差しながら答えた。
どうやら鶯は姿を消す前、ここで紫紺の手合わせを見守り、青藍を抱っこして昼寝をさせていたようだった。
天妃が子どもの世話をするなど前代未聞ではあるが、鶯は地上で紫紺と青藍を育てていた時のまま天上でも同じように育てている。最初はしきたりや慣習を重んじる女官たちが困惑していたが鶯は断固として譲らなかったのだ。
「ありがとう、紫紺。よく教えてくれた」
「うん。でもははうえ、なんかへんなかおしてた」
「変な顔だと?」
黒緋が訝しむ。
紫紺の言葉に離寛も「そういえば」と思い出す。
「天妃様も深刻な顔をして歩いていったな。なにか悩みでもあるんじゃないか?」
「天妃が悩み……」
一大事である。
悩みがあるなら分かち合いたい。できればこの手で解決してやりたい。
「行ってくる」
数々の目撃証言に黒緋は即座に歩きだした。
鶯が向かったという方向に一つだけ心当たりがあったのだ。