天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「私の生まれは伊勢にある小さな村で、幼い頃に斎宮に()(かか)えられて白拍子になりました」
「斎宮の白拍子か。どうりで舞が見事なわけだ」
「ありがとうございます。斎王様をお支えするため、日夜(にちや)稽古に励んでいます」

 白拍子として斎王を、いいえ妹の萌黄を守ること。それが私の(ほこ)りであり、生きる意味でした。

「伊勢を出てから苦労も多かっただろう。白拍子として苦汁をなめることも」
「はい、ひどいものでした。まさか(みかど)の暮らす京の都までこのように(ひん)の欠けた場所だったなんてっ……」

 思い出すだけで怒りに声が震えてしまいそう。
 私は伊勢を出てから白拍子の現実を知ったのです。
 伊勢では白拍子とは斎王にお仕えする高潔(こうけつ)な存在だというのに、伊勢を出ると遊び女として見られることが多かったのです。京の都の貴族ですら白拍子を遊び女のように思っていたのですから。
 実際、私が地方の都や街道で目にした白拍子の姿はひどいものでした。婀娜(あだ)めいた化粧、誘うように着崩した装束、その舞いの動作も男に()びたものばかり。あのような白拍子は白拍子などではありません。絶対に認めたくありません。

「伊勢以外の白拍子は白拍子ではありません」

 思わず口調が強くなりました。
 無意識のそれにハッとして「失礼しました」と袖で口元を隠します。黒緋は都人(みやこびと)なのです。不快にさせたかもしれません。
 そんな私に黒緋は(ほが)らかに笑いました。

「気にしなくていい。斎宮は雅楽の最高峰、そこの白拍子なら高潔でいて当然だ。そんな白拍子が伊勢を出たならさぞ矜持(きょうじ)(けが)されたことだろう。鶯は気位(きぐらい)が高いようだからな」
「…………」

 ……どう受け取っていいのか困惑しました。
 言葉通り受け取るほどおめでたくありません。やはり不快にさせたようです。
 殿方(とのがた)は生意気な女は好まないと聞いたことがあります。黒緋の気を悪くしてしまったらせっかく掴んだ希望が失せてしまいます。

「お許しください。失礼なことを申しました」
「謝らなくていい。むしろお前の気位(きぐらい)の高さは気に入っている」
「……変わったご趣味ですね」
「ハハハッ、そう言うな。以前は苦手に思うこともあったが、今では時に愛らしいとすら思うくらいだ」
「そうですか……」

 黒緋は笑いましたが返答に困りました。
 私を愛らしいと言っているわけではないのですが、駄目ですね、頬がじわりと熱くなりました。
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