天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「それで、その白拍子がどうして鬼神に追われているんだ? 伊勢から京の都まで追ってくるとは、そうとうに執着(しゅうちゃく)されているようだな」
「……私を追っている鬼神は五年前から伊勢にある村々を襲いだしたんです。村を鬼神から守るために多くの巫女や白拍子が生贄(いけにえ)になりました」
討伐(とうばつ)することは出来なかったのか? 斎宮の斎王や巫女ならそれなりの神気もあるだろう」
「妖怪の(たぐ)いならともかく、鬼神を討伐するなどできません。鬼神は鬼とはいえ神の名が付きます。それは(てん)眷属(けんぞく)だということ。天の眷属は天帝の従者だと伝わっているので、斎宮はたとえ悪神といえど害を及ぼすことはできません」

 そう話しながらまた声が震えだします。
 それは怒りの震え。

「鬼神はそれを知っているのです。あろう事か調子に乗った鬼神は斎王を生贄に望むようになりました。ですが斎王を差し出すわけにはまいりません。ですから斎王の双子の姉である私が身代わりに生贄になろうとしたんです。……ですが気づかれてしまい、それに怒った鬼神が私を追っているのです」
「なるほど、それで都まで逃げてきたわけか」
「はい……」

 重く頷きました。
 でも説明を終えて少しだけ気持ちが軽くなります。
 伊勢から今まで誰にも話すことができず、一人ぼっちで逃げてきたのですから。
 いつ殺されるか分からない旅は怖くてしかたありませんでしたが、こうして話を聞いてもらえて緊張が解けていきます。
 ふと気が抜けて、決して口にしてはいけない本音まで漏れてしまう。

「だいたい天帝も天帝ですっ。本当に天帝とやらがこの世界にいるのなら、自分に仕えている斎王の一人くらい守って見せるべきです!」

 白拍子として許されぬ本音丸出しの私に黒緋が苦笑し、「落ち着いてくれ」とやんわり宥められます。

「すみませんっ……」

 ハッとして口を閉じました。
 思わず出てしまった本音が恥ずかしい。
 でも不思議なのです。黒緋といると張り詰めていた気持ちが解けていくようなのですから。出会ったばかりなのに、もう大丈夫と安心感すら覚えています。黒緋が(まと)っている鷹揚(おうよう)な雰囲気は私の警戒心などいともあっさり解いてしまいました。
 こんな事は初めてで、だからこそこの人にならと思えてしまう。

「黒緋様、無理を承知でお願いします。斎宮の者では鬼神を討伐できませんが、陰陽師という立場は鬼神を悪鬼として位置付けることもあると聞いています。どうか鬼神を討伐して斎宮をお救いください! 私が鬼に殺されれば、鬼はまた斎王を狙います。斎王だけはどうしても守りたいんです!」

 必死に訴え、床に両手をついて頭を下げました。
 そんな私の願いに黒緋が頷いてくれます。

「わかった。望みどおり鬼神は俺が討伐しよう。だが一つ条件がある」
「条件?」
「俺の子を孕んでほしい」
「っ、私は真剣にお願いしているのです!」

 カッとして言い返しました。
 あしらうつもりですね。期待だけさせてこんなこと言うなんて酷いです。
 でも黒緋は思いがけないほど真摯な顔で私を見ていました。

「俺も真剣だ。俺は俺の血を継いだ強い子がほしい。お前に協力してもらいたい」

 動揺しました。
 拒否してしまいたいのに黒緋の真摯(しんし)な面差しがそれを許してくれません。
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