天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「…………本気、なんですか?」
「ああ」
「そうですか……」

 黒緋は本気でした。本気で子どもを望んでいました。
 その相手がどうして私なのか分かりませんが、黒緋の意志はとても真っすぐで真剣なもの。

「……鬼神を倒してくださるんですよね?」
「約束しよう。なにも心配しなくていい」

 私はそっと目を閉じます。
 静かな沈黙が落ちました。
 迷いがないといえば嘘になります。だって処女を失えば白拍子には戻れません。でも斎王を守れるならそれ以上のことはないのです。
 今は覚悟を決めて前へ進むのみ。
 私はゆっくり目を開けて黒緋を見つめました。

「分かりました。よろしくお願いいたします」

 両手をついて深々と頭を下げました。
 それは鬼神討伐と引き替えに子を孕むという取引きの成立です。
 私は決死の覚悟でそれに臨みましたが、次の瞬間がばりっと抱きしめられました。

「ありがとう! 鶯、本当にありがとう! 心から感謝する!」
「わあああっ、黒緋! 急になんなんですか!」

 突然抱きしめられて驚いてしまう。
 しかも黒緋は子どものような喜びようで、今までの大人っぽかった雰囲気が噓のよう。まさかこれほど喜んでもらえることだったなんて。
 でもぎゅうぎゅうと抱きしめられる感触に居たたまれなくなってしまう。黒緋のぬくもりに顔が熱くなってしまうのです。

「離してくださいっ。痛いです……!」
「ああ、すまない。嬉しかったんで、ついな」

 黒緋は悪びれなくそう言うと私の手を取って歩き出しました。
 向かう先は私に宛がわれていた床の間です。

「鶯、さっそく子作りだ。こっちへ」
「え、ええええ!?」

 いきなりすぎて動揺してしまう。
 覚悟は決めたつもりですが、あまりにも性急すぎるのです。

「ま、まま待ってくださいっ。まだ心の準備ができていません!」
「そんなものは必要ない」
「必要あります!」

 私は握られた手を振り払おうとするけれど無駄な抵抗で終わっていきます。
 そのまま床の間に入り、寝床へと連れていかれて体が硬直しました。

「ほ、ほんとに待ってください! 約束は必ず守ります! でも、私はこんなこと初めてでどうしていいか……」

 だめです。覚悟を決めたのに未知の恐怖に体が小さく震えてしまう。
 祈るように震える指先を握りしめた私に、「……ああ、そういうことか」と黒緋が納得したような顔になりました。
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