天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
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 鶯が土間に向かい、黒緋と離寛がそれを見送った。
 気配がなくなると離寛が黒緋をじろりと睨む。

「黒緋、詳しく聞かせろ。あの鶯って女にお前の子を宿らせて、いったいどういうつもりだ?」
「どういうつもりもなにも、見た通りだ。鶯には俺の子を生んでもらう」
「本気か?」
「本気に決まっている。鶯は鬼神に狙われていてな、伊勢からここまで逃げてきたんだ。俺なら鬼神を討伐し、斎王を守りたいという鶯の望みを叶えてやれる」
「……なるほど、それと引き替えに鶯にはお前の望みを叶えてもらうということか」
「そういうことだ。鶯にとっても悪い話しじゃないだろ?」

 黒緋はにこりと笑った。
 一切の悪びれを感じさせない笑顔に離寛は「ひどい男だな」と複雑な顔になる。

「鶯はお前のことをなにも知らないんだろ。少し可哀想じゃないか?」
「誤解するな。俺だって誰でも良かったわけじゃない。鶯との子なら欲しいと思ったんだ」
「…………似てるからか?」

 この問いかけに黒緋の顔から笑みが消えた。
 だが離寛は確信したように問い詰める。

「似てるよな。名前だって同じだ」

 二人の間に沈黙が落ちた。
 息が詰まるような沈黙だったが、少しして「降参だ」と黒緋が肩を(すく)める。

「そうだ。俺も鶯を初めて見た時にそう思った。だが違う。鶯は正真正銘(しょうしんしょうめい)の人間だ。神気(しんき)を一切感じない」
「分かってるなら巻き込むなよ」
「そう言ってくれるな。俺はどうしても強い子どもが欲しい。俺やお前に並ぶほどの強さを持った子どもだ。一人よりも二人、二人よりも三人、たくさん欲しい」

 この言葉に離寛は押し黙った。
 そんな離寛の反応に黒緋は苦く笑うと、ここではない虚空(こくう)を見つめるように言葉を続ける。

「俺はもう二度と後悔したくないんだ。なにを犠牲にしても、誰を傷つけることになっても」
「……忘れられないんだな」
愚門(ぐもん)だ。そのために俺はここにいる」

 黒緋は厳しい顔で言った。強い決意を宿したそれ。
 痛いほどの切実さに離寛も重く頷く。
 友人の離寛はすべてを知っているのだ。この旧知の友に黒緋の表情が少しだけ柔らかくなる。

「そういうわけだ。子が生まれたらお前も鍛錬(たんれん)に付き合ってくれ。とにかく強く育てたい」
「分かったよ。俺に出来ることならなんでもやってやる」
「ハハハッ、頼んだぞ。やはり持つべきものは友人だな」

 黒緋が(ほが)らかに笑った。
 もうそこに先ほどまでの重い雰囲気はない。
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