天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
陽が沈み、夜空の月が輝きを増す頃。
黒緋が意識を失ってから三刻が過ぎました。
私は意識を失った黒緋を式神たちと屋敷に連れ帰り、床の間に寝かせてずっと側で看病していました。
黒緋の白かった肌にも少しずつ血色が戻ってきましたが、それでも額に薄っすらと汗が滲んでいます。
汗を手ぬぐいで拭きながら、祈るように黒緋を見つめていました。
「黒緋様、目を覚ましてください。黒緋様……っ」
野犬に噛まれた腕の治療は終わりましたが、黒緋は意識を失ったまま時折苦しそうな呻き声をあげていました。
その姿を見つめながら悔しくて唇を噛みしめる。なにもできないことが悔しいのです。
「……どうして私なんか庇ったんですかっ……」
震える声で問いかけました。
でも返事はなくて、汗の滲んだ黒緋の額をまた手ぬぐいで拭きました。
どうか早く目覚めますようにと願いながら汗を拭っていましたが、ふと黒緋の体が小刻みに震えていることに気づきました。
「寒いんですか?」
焦って顔を覗きこみました。
見れば黒緋は青褪めていて、明らかに容態が急変していました。
「寒いんですね! 待っててください!」
私は黒緋の上に布団を二枚も三枚も重ねて被せました。
それでも様子は変わらなくて季節外れの火鉢まで用意してもらいます。
でも容態は変わらない。私は黒緋の小刻みに震えている手を両手で握りしめました。
「黒緋様! 黒緋様! しっかりしてください!」
何度も呼びかけるけれど目を覚ましてくれません。
早く温めなければみるみる体温が失われてしまうでしょう。
迷っている暇はありません。私は緊張で震えそうになりながらも、しゅるりっ。しゅるりっ。帯の紐を解きました。打掛を脱いで素肌をさらします。
「お、お邪魔しますっ」
そう小さく言うと、黒緋の布団をめくってそろそろと入りました。
そして、ぴたり。黒緋の鍛えられた胸板に自分の体を寄り添わせました。
体が冷えているなら熱を分け合うしかないのです。人肌の熱でもないよりずっと良い。
私は黒緋の体をぎゅっと抱きしめます。
すると黒緋の両腕が温もりに縋るように背中に回されて強く抱きしめられました。
「黒緋様……」
黒緋の無意識の反応に私の頬が熱くなります。
耳元で黒緋が夢現のままうわ言を呟いた気がしましたが、よく聞こえませんでした……。