天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜

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 東の空は輝く虹色。西の空は宝玉のような瑠璃色(るりいろ)。南の空は雲一つない青色で、北の空は魚の(うろこ)のように銀色だった。そこは天上界、絵巻物のような景色が広がる世界。天帝・黒緋が統治する世界。

 それは気位(きぐらい)の高い女だった。
 天上で指折りの美女だと称賛されながら、それを冷ややかに一瞥(いちべつ)するような女。硬質な雰囲気は()てつく氷のようで、その近づき難さに誰からも遠巻きにされているような女だった。
 そんな女を天帝・黒緋は天妃として迎えた。
 天妃の名は鶯。
 愛しあったわけではない。初めて顔を見たのは婚儀の時だったくらいだ。
 (めと)った理由は天帝に相応しい家柄だったから、それだけである。
 そもそも天妃になるのは愛した女でなくていいのである。天妃として相応しい神気を持っていること、天妃に選ばれる理由はそれだけだ。
 黒緋は天妃のことを麗しい美女だと思っているが、それだけの女だ。
 天妃の美貌は好ましく思うが、それだけ。愛しているということはない。(しとね)に呼んで夜伽の相手をしてほしいと思ったこともない。
 そのことから黒緋は後宮に多くの姫を迎えた。
 跡継ぎの子どもは天妃である天妃と作らなければならないが、夜伽の相手は天妃でなくてもいいのである。
 黒緋が天妃の寝間に渡ることはなく、自由に姫たちを愛でたのである。
 一人は話術の(たく)みな聡明な姫。この姫との睦言は格別に楽しかった。
 もう一人は(まれ)にみる床上手な姫。この姫との夜伽は日頃の()さを忘れさせてくれた。
 また一人は大きな瞳が可愛らしい姫。この姫の笑顔は愛らしく、笑顔を見たくて幾つもの贈り物をしたくらいだ。
 ほかにも後宮にいた多くの姫たちが黒緋に愛されていた。黒緋が後宮で愛さなかったのは天妃だけである。
 そして黒緋はそんな姫たち以上に愛するものがあった。それは地上の人間たち。
 黒緋は力無い人間のささやかな暮らしを見守るのが好きだった。幸不幸が入り混じる日常のなかで人間は笑い、嘆き、悲しみ、怒る。様々な思考や感情の中で必死に生きている。そんな健気ともいえる人間を見守るのが好きで、時々地上に降りて人間の暮らしに混じることもあるくらいだ。
 そんなある日、黒緋が地上から天上へと戻ってきた時のことである。

「天妃……」

 予想していなかった出迎えだった。
 そこに立っていたのは天妃・鶯。頭上には天妃の宝冠をいただき、金糸銀糸(きんしぎんし)刺繍(ししゅう)(ほどこ)された翡翠色の唐衣(からぎぬ)(まと)っている。それは彼女の氷の美貌を引き立てるものだ。
 天妃に仕えている女官が黒緋に深々とお辞儀(じぎ)する。
 天妃も頭を下げて黒緋を出迎えた。

「おかえりなさいませ」
「ただいま。……驚いたぞ、後宮から出てきたのか」

 天妃は後宮から滅多に出てこない。
 普段から後宮の奥で琴や舞ばかりをしている女なのだ。孤独を愛しているような女で、他人に興味を示すことがないのである。
 鶯を天妃に迎えて幾日が過ぎたが、夫婦のようにふるまうのは式典や人前に出るときだけだ。当代の天帝と天妃は(いつわ)りの夫婦。それは天上で暗黙の了解だった。
 黒緋は冷めた気持ちで天妃を見下ろす。
 こうして出迎えてくれているが、にこりともしないので気位の高さばかりが鼻につく。

「たまには笑顔で迎えてくれ」
「……善処(ぜんしょ)いたします」
「善処が必要なこととは」

 黒緋は肩を(すく)めた。
「顔を上げろ」と命じれば静かに顔を上げる。
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