天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
東の山間に朝陽が昇りました。
御簾越しに朝陽が差して、その眩しさに私の意識が浮上する。
微睡のなかで薄っすらと目を開けると、抱きしめられているぬくもりを感じて……。
「っ……!」
一瞬で目が覚めました。
昨夜のことを思い出したのです。
「黒緋様……!」
「おはよう、鶯」
がばりっと顔を上げるとにこやかに微笑む黒緋と目があいました。
その顔に全身から力が抜けて、胸がいっぱいになっていく。
「目が覚めたのですねっ……!」
「ああ、昨夜はありがとう。ずっと看病してくれていたんだな」
「良かった。顔色も戻っていますね……。昨夜はずっと意識を失ったままで、一時はどうなるかとっ……!」
感極まって視界が滲む。
黒緋の顔に手を伸ばして、その頬にそっと触れてみます。
良かったです。ほんとうに、ほんとうに良かったです。
「お前のおかげだ」
「いいえ、私はなにもしていません」
「いいや、お前が俺を温めてくれたんだろう」
「あなたがとても寒がっていたの、で……、っ、し、失礼をしました!!」
慌てて布団に包まりました。
自分が裸だったことを思い出したのです。
温めるためだったとはいえ、勝手に裸で殿方の褥に入るなんてはしたないことです。
私は布団に包まったまま両手をついて頭を下げました。
「勝手なことをして申し訳ありませんでした。無礼をお許しくださいっ」
「謝るな。俺は感謝しているんだ。お前のおかげで気分がいい」
「黒緋様……」
優しい瞳で見つめられて頬がじわりと熱くなりました。
胸が高鳴るけれど、まずお礼をしなければいけませんね。黒緋は私を野犬から守ってくれたのです。
「黒緋様、昨日は野犬から守ってくださってありがとうございました。そのせいで黒緋様がこのようなことになってしまい、申し訳なく思っています」
「気にするな。それにあの野犬はただの野犬じゃなかった」
「え? それはどういうことです」
思わぬことに驚きました。
黒緋は思案するように顎に手を当てて教えてくれます。
「あの野犬は呪術師の式神だった。呪術師の正体は分からないが、かなり力が強いと見ていいだろう」
「黒緋様がそんなふうに言うなんて……。もしかしてあなたが倒れてしまったのも」
「そうだ。噛まれたことで強力な呪詛にかかってしまった。呪詛を抜くのに俺がひと晩もかかってしまうほどのな」
黒緋はそう言うと私を見つめて言葉を続けます。
「おそらく呪術師の狙いはお前だ」
「そんなっ……。もしかして、私を追っている鬼神と関係あるのでしょうか」
「それはまだ分からない。だが偶然だとも思えない」
「そうですか……」
視線が落ちてしまう。
もしこの呪術師が鬼神と関係があるなら狙いは斎王なのです。もし萌黄の身になにかあったら……。
唇をかみしめました。不安で胸がつぶれそう……。
「鶯、そんな顔をするな。大丈夫だ、お前も斎宮の斎王も俺が守ろう。黙ってやられたままというのも面白くないしな」
「黒緋様、ありがとうございます。どうか、どうかよろしくお願いしますっ……!」
両手をついて頭を下げました。
今は黒緋の陰陽師としての力に縋るしかないのです。