天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「え、黒緋様?」
「鶯、俺も一緒にすることにした」
「一緒に?」

 突然のことに(まい)を止めて目を白黒させてしまう。
 でもそれに構わず黒緋が舞いだしました。
 まるで私を誘うような動きの(まい)で、すぐに気づきます。それは『納曽利(なそり)』ですね。
 納曽利とは双竜舞(そうりゅうまい)という別名もあるもので、雌雄の青龍が降り立って聖寿(せいじゅ)を祝って舞い遊んだ様のものです。納曽利は二人の舞手が互いに同じ手振りで舞い、途中から離れて飛び交い、また向かい合ったり背中合わせに舞ったりするものでした。

「鶯、早く来い」

 黒緋が舞いながら誘ってきます。
 私は驚いたままでしたが観念することにします。そもそも斎宮の白拍子である私を納曽利に誘うとはいい度胸ですね。

「いいでしょう。私が手解(てほど)きしてあげます」

 ふふんと気取ったように言うと、黒緋の納曽利に飛び込みました。
 私と黒緋は向かい合って同じ動きで舞います。
 互いの手振り足捌きを間違えると調子が崩れてしまうので、二人の息がぴったり合わねば舞ではなくなるのです。
 でもだからこそ面白いのです。互いに目と目で合図を送りあいながら動きを合わせるのですから。

「黒緋様、次はこちらです。その次は右手へ」
「こうだな。どうだ、なかなか上手いだろう」
「私ほどではありませんがね」

 クスクス笑いながら言いました。
 舞いの最中だというのに笑ってしまう。楽しくて仕方ありません。
 私が今まで舞ってきた舞は天帝に奉納(ほうのう)するためのものだったのです。だからこんなふうに遊ぶことが目的で舞をするのは初めてでした。
 おかしいですね。黒緋も私も大人なのに、まるで子どもみたいにはしゃいで。

「ふふふ、なかなか上手ですよ」
「鶯の舞は合わせやすい。さすが斎宮の白拍子だ」
「ありがとうございます。あ、次は左へ」

 私の指示に黒緋が左へ飛びました。
 それに合わせて私も右へ飛び、互いに振り返って顔を見合わせます。視線が合うと笑いあいました。
 ああ、なんて楽しい。こんなふうに楽しい気持ちになるなんて。終わってしまうのが()しいくらい。
 私たちは夢中で舞い、名残り惜しい雰囲気のなかで納曽利が終わりました。

「ありがとうございました」
「俺こそありがとう。楽しかったぞ」
「私もこんなに楽しい気持ちで舞ったのは初めてです。あなたは舞もできるんですね。驚きました」
「俺は(たしな)みていどだ。お前が俺に合わせてくれたんだろ? だから上手く舞えたんだ」
「そんなつもりは……」

 頬が熱くなって誤魔化すようにそっぽ向いてしまう。
 どうしようもなく照れてしまいましたが、ハッと気づきました。
 すっかり楽しんでしまったけれど黒緋は安静にしなければいけない時なのです。
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