天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
はじめての赤ちゃん、その名は紫紺。
私が黒緋の赤ん坊を宿して七日が過ぎました。
とうとう満月の夜がきたのです。
陽が沈み、夜空には丸い満月。とても明るい満月なので星々の光が見えないくらい。
満月の青白い光を庭園の玉砂利が反射して仄かに輝き、夜とは思えぬ幻想的な空間が広がっていました。
そして少し早めに夕餉を終わらせると、庭園の池の前で黒緋と私はその時を待っていました。そう、赤ん坊が生まれるその時を。
「……黒緋様、やっぱり私は信じられません」
私は不安な気持ちで黒緋を見つめました。
黒緋の子どもを宿して七日目。最初に言われていたとおり私の体に妊娠を思わせるような変化はありませんでした。
でも間違いなく私は黒緋の子を宿しているのだといいます。
なにより赤ん坊は池の蓮から現れるといいますが、ここの池に蓮の花なんてないのです。
「信じられないのは無理もない。だが、今晩誕生する赤ん坊は間違いなく俺とお前の子だ」
「それは分かっていますが……」
そう言いつつも納得できないでいると、黒緋はもしやと懸念の顔になります。
「それとも俺の子を宿したことを後悔しているのか?」
「ち、違いますっ。そんなことはありません!」
慌てて首を横に振りました。
たしかに以前は驚きと戸惑いばかりでしたが、今では黒緋の子を宿したことに後悔はありません。
鬼神討伐という取引きをしましたが、黒緋に恋をしていると気づいてからは違います。むしろ嬉しいと思っている自分がいます。
私は頬をじわりと熱くして黒緋を見つめました。
「後悔なんてありません。私も……その、う、嬉しいと、そう思っています……」
「そうか、ありがとう。鶯がそう思ってくれて俺も嬉しく思う」
黒緋がそう言って優しく微笑んでくれました。
ああダメです。それだけで私の頬がまた熱くなってしまう。
私は恥ずかしくなって目を伏せてしまいましたが、その時、満月の輝きが強くなりました。
異様な明るさにハッとして顔を上げると、池の水面に鏡のように満月が映っています。
水鏡の満月がさざ波に揺れてゆらゆら、ゆらゆら。ゆらゆら揺れるにつれて反射の光が強くなっていく。