天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「今から紫紺の腰布を取り替えてきます」

 そう言って私は部屋を移動しようとしましたが黒緋に呼び止められます。

「構わん、ここで取り替えればいい。ここは日当たりが良くて暖かいだろう」
「そうですけど……」

 黒緋はここの主人です。
 いくら紫紺が黒緋の子息とはいえ主人の前で腰布を取り替えるのは……。

「やはり別の場所で」
「いいからここでしろ」

 何度も言われては断れません。
「ではお言葉に甘えて」と私は紫紺の腰布を手早く取り替えてあげます。
 それを見学していた黒緋がまた感心した顔になりました。

手際(てぎわ)がいいな」
「ありがとうございます。初めてした時は上手くできませんでしたが、何度か取り替えているうちに様になってきたようです」
「そんなにしていたのか。女官にさせればよかっただろう」
「そうなんですが、でも……」
「あうあー」

 ふと紫紺が声を上げました。
 見ると短い手足を伸ばしたり縮めたり。相変(あいか)わらず表情に変化はありませんが、分かりますよ。これって新しい腰布が気持ちよくて嬉しいんですよね。
 私は手早く紫紺の着衣を整えてあげました。
「ほら綺麗になりました」と笑いかけて、指でじゃれるように紫紺のふっくらした頬をなぞります。
 はしゃぐ紫紺に構いながら黒緋を振り返りました。

「取り替えてあげると紫紺は気持ちいいようで、こうしてとても喜んでくれるんです。それが見たくて」

 そう言って黒緋に笑いかけました。
 まだまだ戸惑うことも多いですが、こうして紫紺に構っているのがなんだか楽しくて。いけませんね、強い子に育てるために厳しくしたいのに。
 でも黒緋が穏やかに目を細めてくれます。

「そうか、ありがとう」

 優しく笑いかけられて私の頬が熱くなりました。
 よかった。まだ赤ん坊のうちはこうして構っていてよいのですね。
 こうして私は仰向(あおむ)けで寝転んでいる紫紺を構っていましたが、ふと気づく。紫紺が(みょう)な動きを始めたのです。

「おや、どうしました?」
「あー、あー」

 紫紺は声を出したまま体を左右にゆらゆら揺らし始めました。
 その不思議な動きをしばらく見ていましたが、その時。

「ばぶっ」

 ゆらゆら、くるりっ。

「ええっ、寝返《ねがえ》りしたのですか!?」

 驚きました!
 生後一日なのに寝返りです! こ、こんなことがあるなんてっ。子育て初心者の私だってこれが尋常でないことは分かります! 普通、生後一日で寝返りはしないのです!

「黒緋様、紫紺が寝返りしました! こんなのあり得《え》ません!」
「そうなのか? 寝返りくらいするだろ」
「しません!」
「し、しないのか……」

 黒緋が私の剣幕(けんまく)にたじたじになりながらも首を傾げます。

「だが、俺の子ならすると思うんだが……」
「どういう理屈です。いくらあなたが高名な陰陽師でも……」

 そこまで言って私も疑問が生まれます。
 そもそも紫紺は(はす)の花から生まれたのです。普通赤ん坊は母体から産まれてくるものなので、(はす)から現われた時点で摩訶不思議(まかふしぎ)
 黒緋は高名な陰陽師なので摩訶不思議(まかふしぎ)現象(げんしょう)も起こせるのでしょう。ならば紫紺の成長も摩訶不思議(まかふしぎ)でもおかしくないわけで……。
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