天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「何してるんだ?」
「見てのとおり夕餉(ゆうげ)を作っています。もう少し待っていてくださいね」

 私がそう言うと黒緋が不思議そうな顔になってしまいます。
 腕を組んだ格好でじーっと見つめられて少し居心地悪いですね。
 私は(きざ)んだ野菜を土鍋に入れながら話しかけます。

「なんです。なにかご用でしたか?」
「いや、分からないんだ。お前は俺の子を生んだというのに、どうしてここにいるんだ。こんなところで炊事をする必要ないだろう」

 私の炊事の手がぴたりっと止まりました。
 言葉の意味にじわじわと頬が熱くなります。
 だってそれって私を妻の身分だと認めてくれているということですよね! 黒緋に他の妻の存在は見当たらないので、それって私だけってことですよね!

「ありがとうございます! お気持ち嬉しく思います!」

 黒緋と子どもを作ってよかったです。妻と認めてもらえるなんて……!
 ああいけませんね。このままだと嬉しくて頬が(ゆる)んでしまいます。さすがにそれは恥ずかしい。
 ふと、それならと思いつく。
 私を妻と認めてくれているなら許してくれるでしょう。

「黒緋様、少しだけ紫紺を抱っこしてもらってもいいですか?」
「構わんが」

 私はおんぶ紐から紫紺を降ろすと黒緋に抱っこしてもらいました。
 本当なら主人に子守りをお願いすることは許されませんが、私は妻なのです。少しくらいいいですよね。
 紫紺は黒緋の大きな腕のなかで目をぱちくりさせています。

「あーあー」
「ちょっとだけ待っていてくださいね」

 紫紺が小さな両手を伸ばして私に抱っこを求めるけれど、ごめんなさい。もう少しだけ待っていて。
 私は急いで小さな土鍋と小さなお(わん)を用意します。
 その間も後ろからは抱っこから脱出しようとする紫紺と、それを阻止する黒緋の騒がしい声が聞こえます。

「こら紫紺、暴れるな」
「あぶーっ、あーあー!」
「まだ駄目だ。待っているように言われただろ」
「ぶーっ」
「怒っても無駄だ。少しくらい待て」
「あうー! あーあー!」

 紫紺の声がいっそう大きくなりました。
 どうやら大暴れしているようですね。元気なのはいいですが急がなければ黒緋が大変です。
 私は手早く用意すると板間で待っていた二人のところへ行きました。
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