天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
紫紺が生まれてから慌ただしい日々が始まりました。
生後一日で寝返りをした紫紺は、それから十日ではいはいするようになりました。自由に動き回る紫紺を追いかけるのが大変でずっと目が離せませんでしたよ。
そしてはいはいから伝い歩きをするようになるまで五日ほど。視界が高くなるのが面白いのか紫紺は一人で何度も立ち上がろうとしていました。
そんな利発な子なので伝い歩きから一人で歩きだすのもそれほど時間がかかりませんでした。
そして紫紺が生まれてから一カ月。
よちよち。よちよち。上手なよちよち歩きです。
「紫紺、上手ですよ。上手に歩けています」
「あうあー、あー」
紫紺は寝殿の渡殿をよちよち歩きまわっていました。
まだふらふらしていますが一人で歩けることが嬉しいようでした。
「黒緋様、見てください。紫紺がこんなに歩けるようになりました」
「ああ、たいしたものだ。上出来だ」
黒緋も嬉しそうによちよち歩きの紫紺を見ています。
「紫紺、こちらですよ。こちらに来てください」
私が両腕を広げると、紫紺がこくりっと頷いてこちらに向かってきます。
よちよち、ふらふら、よちよち、ふらふら。
紫紺は小さな両手を私に向かって伸ばしながら歩いてきます。
そして私のところに到着すると、ぎゅ〜っとしがみついてきました。
「よく出来ました。紫紺は上手に歩くんですね」
紫紺がこくりっと頷いて私を見つめます。
どうしました? と優しく見つめると、私をじーっと見つめて。
「……。……うういしゅ」
「え?」
私は目を丸めました。
今、紫紺が『うういしゅ』と言ったような……。
私は黒緋と顔を見合わせました。彼も驚いた顔をしていて、二人して紫紺に詰め寄ります。
「紫紺、さっき『うういしゅ』と言ったのですか? それはもしかして私の名前っ……」
「うういしゅ」
「っ、やっぱり! 黒緋様、この子『うういしゅ』って言ってますっ。これって鶯です! 私の名前です!」
感極まって紫紺をぎゅっと抱きしめました。
紫紺は照れくさそうにはにかみながら私を見つめています。
つぶらな瞳に私が映っています。一心に私を見つめ、私の衣装をぎゅっと握りしめて。