天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「紫紺、私です。ここを開けてください」

 静かな声で呼びかけました。
 でも物置部屋はシンッと静まり返ったままです。
 私はもう一度木戸を叩こうとしましたが、……ガタタタッ、一瞬だけ木戸が開いたかと思うと。

「え? わ、わああっ!」

 ぬっと出てきた手に腕が掴まれて、あっという間に物置部屋に引っ張り込まれました。
 バタンッ! 背後で木戸が閉まりました。
 紫紺です。紫紺が私だけを素早く物置部屋に引っ張り込んだのです。
 突然のことに目を丸めていましたが紫紺を見て驚きました。

「紫紺、怪我をしているじゃないですかっ」

 紫紺は全身傷だらけでした。
 昨日も怪我だらけだったのに今日もまた……。

「大丈夫ですか? こちらへ来てください」

 私は紫紺に向かって両腕を広げました。
 紫紺は戸惑いながらも来てくれます。
 私の懐にきてくれた紫紺をゆっくり抱きしめました。
 すると紫紺もぎゅっとしがみついてくれて、かわいいですね。頭を撫でてあげます。

「今日もたくさん頑張ったんですね」

 こくり、と紫紺が私のお腹に顔をうずめたまま頷きます。

「たくさん怪我もしていましたね。みせてくれますか?」

 こくり、紫紺はまた頷きました。
 私は膝をついて紫紺と目線を合わせると、その腕や足をたしかめました。
 紫紺の自然治癒力(しぜんちゆりょく)常人(じょうじん)とは比べものにならず、昨日の怪我もほとんど治っています。でもそんなことは関係ないのです。(ほう)っておいても治るのでしょうが、(ほう)っておきたくありません。一つ残らず見つけて、一つ残らず手当てしてあげたいのです。
 私は怪我の状態をたしかめて、ひとつひとつを優しく撫でてあげます。
 物置部屋に薬箱はないので今は優しくなでなでです。

「痛いですか? あとで手当てしてあげますからね」
「うん」
「ここも怪我してるんですね」

 なでなで。なでなで。
 撫でていると紫紺がじっと私の手元を見つめています。
 そしておずおずと指差して教えてくれる。

「……ははうえ、ここも。ここもいたいんだ」
「ここですね」

 なでなで。なでなで。

「こっちもいたい。こっちもなでなでだ」
「はい、こっちもですね」

 なでなで。なでなで。
 次は紫紺の(ひじ)ですね。可哀そうに、擦り傷ができています。
 なでなでしながらちらりと紫紺の顔を見ると、最初は強張(こわば)っていた顔が徐々(じょじょ)(ゆる)んでいました。
 あ、いいこと思いつきました。私はニヤリと笑い、紫紺の肘に唇を寄せて……。

「フーーッ」

 息を()きかけました。
 瞬間、紫紺が「わああ〜っ」と大きく目を見開きます。
 でもフーとされた感触に紫紺の顔がみるみる輝きだしました。

「さっきのなんだ!」
「フーフーです。痛いのを吹き飛ばしてあげました」
「もういっかい! フーフーってもういっかい!」
「ふふふ、いいですよ。もういっかい。フー」
「フーフー!」

 紫紺も自分でフーフーします。しだいに楽しくなってきたようで、ようやく笑顔を見せてくれるようになりました。よかった、もう大丈夫のようですね。
 私は背筋を伸ばして正座し、紫紺に優しく話しかけます。
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