天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「紫紺、少しお話しませんか?」
「おはなし?」
「はい、紫紺とたくさんお話したいんです。いいですか?」
「いいぞ」

 紫紺もちょこんと正座します。
 正座で向かい合ったまま紫紺の小さな手を握り、両手でそっと包みました。
 話している(あいだ)も手を繋いでいたかったのです。物置部屋に閉じこもるほど(ちぢ)こまっていた紫紺の心とすれ違ってしまわないように。
 そうすると紫紺が繋がっている手を見つめて、おずおずと口を開きます。

「おはなししたいことって、オレが、にげたこと……?」
「逃げたのですか?」
「……うん、もういやだったんだ。いっぱいあそびたかったのに、ちちうえがつよくなれつよくなれって。……ははうえも、おこった?」
「怒っていませんよ。どうして私があなたを怒るのです。紫紺はたくさん頑張ったんですよね」
「うん。……どうして、ちちうえはオレをつよくしたいんだ?」
「それは……」

 私は答えられませんでした。
 黙り込んでしまった私を紫紺がじっと見つめます。

「……。ははうえ、どうしてそんなかおするんだ?」
「かお?」
「うん。ちょっとかなしいかおだ」
「私、そんな顔を……?」

 聞き返すと紫紺がこくりっと頷きます。
 気づきませんでした……。私そんな顔してたんですね。
 紫紺は私をまたじっと見つめていましたが、「…………。まあいいや!」と突然大きな声をだしました。
 紫紺は自分で納得したように言います。

「オレはしらなくていい! どうしてつよくなるのか、しらなくていい!」
「……知らなくていいんですか?」
「いいっ。しらなくても、オレはつよくなることにした!」
「紫紺……」

 あっさり切り替えた紫紺に驚きました。
 いったいどんな心境の変化があったのでしょうか……。
 不思議に思っていると紫紺が教えてくれます。

「きめたんだ。オレは、ははうえのためにつよくなる。つよかったらまもれるから、ははうえはもうそんなかおしなくていい」

 どうだ、とばかりに紫紺が胸を張りました。
 紫紺は幼いながらも真剣に私に約束します。

「ははうえ、あんしんしろ。オレはもうにげないことにした。いっぱいたんれんして、いっぱいつよくなる。ちちうえよりもつよくなるから、あんしんしろ」
「そうですか。紫紺、ありがとうございます」

 紫紺がどうしてそう思ったのか分かりませんが、それでも私を一心(いっしん)に見つめてくれる幼い瞳が愛おしい。
 幼い瞳を見つめて微笑みかけると、紫紺が照れくさそうにはにかみます。
 私は紫紺と手を繋いだままゆっくり立ち上がりました。
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