天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「さあ、もう閉じこもるのはおしまいです。そろそろここから出ませんか?」

 私が聞くと紫紺は少し緊張した顔になりました。
 でも、こくりっ……と頷いてくれます。

「よく決意してくれました」
「うん。……ははうえ、だっこだ。だっこがいい。だっこででる」
「ふふふ、いいですよ。どうぞ」

 私は紫紺を両腕で抱っこしてあげました。
 まだ三歳の(おさな)い体です。でも赤ん坊の時より大きくなりましたね。

「ははうえ〜」

 紫紺が私にぎゅ〜っと抱きついてきました。
 私の肩に顔をうずめて可愛いですね。
 紫紺も気持ちよさそうにはにかんでいましたが、ふと不安そうな顔になります。

「……ちちうえ、おこってるかな」
「大丈夫ですよ。私が一緒に謝ってあげます。それにお話しすればちゃんと分かってくれますよ」
「……ほんとか?」
「ほんとうです」
「わかった。それならだいじょうぶだ」

 紫紺が納得してくれます。
 こうして私たちはようやく物置部屋から出ました。

「出てきたか!」

 外で待っていた黒緋が声を上げました。
 どうやら物置部屋のすぐ前でじりじり待っていたようです。
 黒緋はほっとした表情になりましたが、すぐに表情を(けわ)しくして紫紺を見ます。

「逃げるとはどういうつもりだ」

 厳しい黒緋に私はハラハラした気持ちになりました。
 この子はまだ三歳なのです。まず物置部屋を出て来てくれたことを()めてあげてほしいのに。

「黒緋様、紫紺は」
「ははうえ、だいじょうぶ」

 ふと紫紺に(さえぎ)られました。
 紫紺は「……おりる」と私の抱っこから降ります。
 そして紫紺は黒緋をじっと見上げました。

「……かってにいなくなって、ごめんなさい」

 紫紺が謝りました。
 紫紺から緊張が伝わってきてハラハラしてしまいます。
 私は「黒緋様……」とお願いするように彼を見つめると目が合いました。黒緋は小さく苦笑して、分かっていると私に向かって頷いてくれます。

「紫紺、勝手にいなくなるから心配したぞ」
「ちちうえっ……」

 紫紺がパッと表情を変えました。
 もっと厳しく叱られると思っていたのです。でもあっさり許されて目をぱちくりさせます。
 そんな紫紺の反応に黒緋はフッと笑うと、膝をついて目線を合わせました。そして優しい口調で話しかけます。

「今度からは嫌なことがあっても勝手にいなくなるな」
「……わかった。もうにげない。オレはつよくなることにしたんだ」
「頑張ってくれるのか?」
「がんばってつよくなる」
「ありがとう。お前がそう言ってくれて嬉しいよ」

 黒緋はそう言うと私を見ました。

「鶯、ありがとう。感謝する」
「私はなにもしていません。紫紺が自分で決めました」
「それでも礼を言わせてくれ。俺に()くしてくれてありがとう。俺はお前の望みを叶えることで礼をしたい」

 黒緋はそこで言葉を切ると、誓うように続けます。

「鬼神は必ず討伐する。斎宮の(うれ)いは俺が払おう」
「黒緋様っ……」

 そう約束してくれる黒緋に私は胸がいっぱいになりました。
 私は黒緋にも紫紺にもたくさん感謝せねばなりませんね。
 こうしてひと悶着(もんちゃく)ありながらも紫紺の鍛錬が本格的に始まり、いよいよ鬼神討伐の日を迎えるのでした。



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