天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
天上の帝
一カ月後。
とうとう鬼神討伐の日を迎えました。
今、黒緋と紫紺と私の三人は獣道のような山道を登っていました。
目的はもちろん鬼神討伐。黒緋の命令で離寛が鬼神の居場所を突き止めてくれました。この山にある祠に鬼神がいるというのです。
「紫紺、いいですか? 山は危険な場所なんです。不用意にうろうろしないこと。いいですね」
山道を登りながら私は後ろを歩いている紫紺に言い聞かせていました。
山登りを始めてからずっと続けています。
鍛錬が嫌で物置部屋に閉じこもった紫紺でしたが、あれから積極的に鍛錬をするようになりました。元々利発で聡明な子なので体術、刀術、槍術、弓術、神気の制御などみるみる才覚を開花させました。今では離寛と手合わせしても劣ることはありません。
当初は紫紺を鬼神討伐に連れていくことに反対していた私ですが、紫紺が鍛錬中に熊や猪を討伐できるほどに強くなっていて強く反対することができなくなりました。だって今では私の方が足手まといなのです。
紫紺の背中には刀と弓が括り付けてあって、私は複雑な気持ちでそれを見つめてしまう。
三歳にしてその成長は頼もしいけれど、少しだけ寂しいのもほんとう。
それにね、どれだけ強くなろうと私の子どもであることに変わりはありません。大丈夫と分かっていても心配するのが親というものですよね。
「山を舐めてはいけませんよ。足元には気を付けてください。いつ獰猛な動物が現われるか分かりませんから警戒を怠ってはいけないのです」
「……ははうえ、さっきからおなじことばっかだ。もうきいた。それにオレはいつもやまでたんれんしてるから、やまはだいじょうぶなんだ」
「いいえ、この山は初めてですよね。ならば油断してはいけません。山は少しでも道を間違えると簡単に迷子になってしまうんです。似たような景色が続きますから錯覚を起こして、今自分がどこにいるか分からなくなるんです」
「うう、ははうえ……」
紫紺がうんざりした顔になってしまいました。
私がくどくどしつこいと言いたいのですね。
最近強くなってきたと自覚したからか、ちょっと生意気なところが出てきましたね。少し前までは『ははうえ、だっこだ! だっこがいい!』と抱っこをせがんで甘えてきたのに。
そんな私と紫紺のやり取りに前を歩いていた黒緋が楽しそうに笑いました。